どうも、こんばんは❗グリです。体調を崩し、更新が途絶えていました❗すみません❗
「天下を取れなかった八幡太郎義家が、七代目の子孫に生まれ変わって、かならず天下を取る」と…。
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今日は日本三大悪人の話の続きで足利尊氏の話をしたいと思います。
足利氏の祖は八幡太郎源義家の第三子、源義国が晩年、足利の別業(別荘)にこもり、その次男の源義康が足利の庄を伝領したことから始まります。尊氏はこの直系、足利貞氏の嫡男として生まれています。
この尊氏には生まれたときから、ある使命がありました。
それは足利家に代々伝わる遠祖義家の「置文」(遺言書)に原因があります。
この置文には、こう記されていました。
「天下を取れなかった八幡太郎義家が、七代目の子孫に生まれ変わって、かならず天下を取る」と…。
しかし、八幡太郎義家から数えて、七代目にあたる足利家時はご先祖の「置文」の通りに天下は取れませんでした。家時はそんな自分を嘆き、八幡大菩薩にわが命を縮めるかわりに、これより三代の後に今度こそ、望みを叶えてくれと置文を残して、切腹して果てました。そしてその三代目が尊氏だったんです。
尊氏は、ご先祖様の悲願である天下統一を見事成し遂げた訳です。
しかし❗
こんな凄い功績を上げた、足利尊氏ですが、前回のブログで記しました通り、
日本三大悪人なんて呼ばれてしまっているんです❗
でも、私は言いたい、足利尊氏は決して悪人などではないと。
足利尊氏の悪評を覆す魅力
その一つが『気前が良すぎる』という事です。❗
足利尊氏には八朔の逸話というのがあります。
当時の日本では旧暦の8月1日に贈答しあう風習が流行していました。その為、尊氏のもとには山のように贈り物が届けられました。しかし、尊氏は届いたそばから次々と人にあげてしまうので、結局その日の夕方には尊氏のもとに贈り物は何一つ残らなかったんです。尊氏のこうした性格は、戦場での論功行賞でのエピソードでも見られます。
尊氏は戦場で功績を上げた者を見ると、即座に恩賞を約束する『かな書き』の下文を、相手に直接与えています。この事が影響し、すでに権利者のいる所領を再び別人に与えてしまう事例も発生しています。後の史料には100年先まで紛争の種となり尊氏の子孫たちを悩ましている例すらあるのです。
それでも、戦場の下文がもつ即時性の効果は大きかったようで。恩賞を約束された本人は感激し、これを見た同陣する他の武将たちも競い合うように軍忠に励むようになったんです。
この事からもわかるように、自分への褒賞を家臣達に与えることで、軍の士気を高めたんですね!
次回は、僕が戦国時代の一族で一番好きな、後北条氏を語りたいと思います。
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