特に絵は。と僕は思う。

例えば髪の毛を摘ままれている女性の絵があるとする

その絵を見た人は考える

何故髪を摘ままれているのだろう
何故この手は引っ張るのではなく摘まんでいるのだろう

この絵の女性と摘まんでいる手には一体どんな関係性があるのだろう
と、いろいろ刺激になるが

もちろん
僕はそんなことなぞ考えずに描いている

描きたいから描いた絵が勝手に膨らんでいく、そうなると描き手も楽しめる
そういう見方もあったのかと驚かされることだってある。


つまり僕が思っていることは
他人に考えさせないモノはつまらないモノ

自己満であって自己満じゃないものを作っていきたい。

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車と車の間は車間
人と人の間は人間

人と人との間には間がある

間があると少々気まずい。

だから人は間を繋げたがる

これが人間といわれるようになった由来。

そう、これが僕が嘘つきといわれる理由。
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では口は何ほどにものを言うのだろう。

「口はほどほどにものを言う」

各々のさじ加減ではないか

「俺の口は驚くほどにものを言う」
なんとも未曾有のどうでもよさ
おっと失礼、口は災いのもと。

「口は災いのもと」というか

   ドンッ

『おいコラお前どこに目ェ付けとんねん!!
…あれっほんまドコに目ェ付けとんねん!!』

『前が見えんもんですんまへん』

「顔が災いのもと」な奴


この集団を作った自分は災いのもとだろう。
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