レッブル X1プロトタイプ | TEAM_R35_ドリフターズandTEAM_ドリフト小僧

レッブル X1プロトタイプ

「グランツーリスモ」は、レッドブル・レーシングとのプロジェクト「X1プロトタイプ」の全貌を公開しました。


ドリフト小僧1号ヨコモドリフトミィーティングD1優勝への道~♪
こんにち存在するレースには、必ず何らかの規則、つまりレギュレーションがあります。X1プロトタイプはこのレギュレーションから開放された、地上最速のレーシングカーとはどんなものか、という「グランツーリスモ」のファンタジックな夢から生まれたマシンです。



グランツーリスモとレッドブルの想像力で生まれたようなマシンです。


ドリフト小僧1号ヨコモドリフトミィーティングD1優勝への道~♪
当初のX1プロトタイプは、フロントホイールまでを覆ったウイング構造のシングルシーターキャノピー・プロトタイプでした。1500psのV6直噴ツインターボがもたらすパフォーマンスは、時速400kmオーバー、最大横加速度6Gという充分なもの。しかしこの構想は、プロジェクトのパートナーとなったレッドブル・レーシングによって、さらなる飛躍をみせることになりました。



レッドブル・レーシングのチーフテクニカルオフィサーであり、エアロダイナミクスの鬼才といわれるエイドリアン・ニューイは、X1プロトタイプに、自らが長年抱いてきた夢、「ファンカー」テクノロジーを採用することを提案します。

ドリフト小僧1号ヨコモドリフトミィーティングD1優勝への道~♪
ファンカーとは、マシン下部の空気をファンによって強制的に吸い出し、アンダーフロアの空気圧を下げることで路面に吸着させ、強力なダウンフォースを与える仕組み。速度と関係なく一定のダウンフォースを発生させることができるため、低速コーナーのコーナリングスピードを劇的に向上させることができるのです。



ファンカーの猛威は歴史が証明しています。1970年のCan-Nam(カンナム)に投入された、シャパラル2Jというファンカーは、あまりの戦闘力の高さから1シーズンで出場禁止に。F1でも、1978年にブラバムがBT46Bというファンカーを投入し、圧倒的な速さで開幕戦を制したため、たった1戦で参戦が封印されています。



ひとつ訂正させて頂きますが、1978年にブラバムのBT46Bが開幕戦で優勝をした件についてですが、圧倒的な速さのせいで1戦だけの参戦になったのではなく、レギュレーションに空力化物は一切可動禁止と言う条件に引っかかってしまい優勝こそ認められましたが、その後の参戦は一切禁止になってしまいました。



ちなみにブラバム側の言い訳文こんな感じの物「このファンは、エンジン上部に水平に設置したラジエターを強 制的に風を取り込むため」  うまい言い訳である。
ドリフト小僧1号ヨコモドリフトミィーティングD1優勝への道~♪
写真を見てのとおり、どう見てもそれは誤弁でしかなかった。




ニューイの提案を受けたX1プロトタイプは、ボディ後端に大きなファンを抱えるマシンとなりました。さらにニューイから前後ウイング、リアデフューザーの形状に助言を得て、そのエアロダイナミクスはさらに研ぎ澄まされたものへ進化しました。この結果、X1プロトタイプが勝ち得たパフォーマンスは、最高時速450km/h以上、最大横加速度8.75G。生身の人間が耐えられる限界ともいうべき性能です。




『グランツーリスモ5』の中で、マシンのシェイクダウンを担当したのは、あのセバスチャン・ベッテル。ベッテルは鈴鹿サーキットを舞台とした最初の走行で、F1マシンが持つコースレコードを20秒以上短縮。さらにニュルブルクリンク・グランプリコースでのテストでは、1分4秒台というラップタイムを刻み、X1プロトタイプのすさまじいポテンシャルを引き出してみせました。




「グランツーリスモ」とレッドブルがかなえた地上最速という夢。「グランツーリスモ」初となる一流ドライバーによるドライビング・レッスン「X1チャレンジ」で、あなた自身がその力を体感してください。