2月21日(水)晴れ

いつも 感心することだが・・・6年以上経験のバスガイドさん よく勉強して

多くを知っていること・・知っていること 何も 我が 頭に残りませんが・・

高千穂や霧島の歴史や神話・・・その関連の「教育勅語(ちょくご)」・・・

日本人として当然知っておくべきで 知らぬは恥なのだ・・・が

外人に聞かれて 「知らん・・」・・・では 間違いなく軽蔑されまッせ~

日南市の鵜戸神宮参拝途中・・・初めて見た漢字に出会った・・・・

こうして 出会うと 一発で覚えるのだ・・・拙者は・・・・

「 瀛 遊 」 なる文字・・・近くの店の人に尋ねると「エンユウ」・・・と

教えてくれたが・・・帰宅後 調べたが有りませんでした・・・ ただ

「 瀛 」の字が見つかり 「海」と同じ意味で「エン」ではなく「エイ」では?

この地は昔から中国大陸と交流があり「瀛 遊」の言葉も伝わったのかも・・?

日本の言葉としては無かったのでは・・・・ と 思える・・・の~

「 瀛 遊 」本当はどう読むの・・?意味は・・? 誰か 教えて・・・よ !










 2月18日(月) くもり

昨日 昔 行ったが忘れた・・・ と書いたのだが・・・実は 皆 名所旧跡を

見ている間・・・我輩はバスか近隣の酒屋で呑んでいて 全く知らないのだ

今回の旅で 霧島神宮の本殿の途中に「さざれ石」の看板が・・・・

国歌 「千代に八千代に さざれ石の巌となれし・・・」の あれ・・・

この国歌を認めないと申す日本人・・・でも 今 世界が認める国歌なのだ・・・ 

さざれ石(砂)が岩になるか・・・と申す 著名人・・実は 岩になるンだわ・・

若い頃 調べて 岐阜県のどこかに有る事は知っていたのだが・・・看板を見て

一瞬 鹿児島にも有るのか・・と思いきや よく読むと岐阜県の篤志家の寄贈で

砂から出来た石(さざれ石)を展示していたのだ

この大きさになるまで ン万年? 巌になるまで何万年・・・なのか?

長~い 永~い Span ・・・気が 遠くなるわいの~

次回も南九州の旅・・・で



 2月17日(日) 曇り

13日から出かけたのだが 予想通り寒波の影響で6℃・・・・

関西と変わらないのだ  20数年前宮崎から鹿児島に行ったのだが

ほとんど忘れているね・・・ 3日間快晴でよい旅だった

寒いと言ってもやはり南九州・・・桜が咲いているのだ・・・・

ソメイヨシノでは有りません・・・「寒緋(かんひ)桜」・・・

この桜 大阪でも東京でも咲くのは3月・・・沖縄は1月で

一見 桃の花 かいな~ ・・・と思うほど良く似ているが

近くで眺めると違うのだ・・・

寒緋の緋(ひ)は緋色からと思うが・・・ピンクの濃い色なり・・・

寒緋桜の写真公開中 フォトをクリックしてね・・・・

南九州の旅 次回も・・・・
 2月16日(土) くもり

午前中 平戸つつじ20本植えたが 少し隙間ができ そこに

アベリア10本ほど・・・ 6月の花が楽しみだ・・・

今日 PM 6:00から 通天閣で有名な大阪新世界近辺で

大阪近在の中学校の同級生9人と一杯会なのだ・・・

At random な集まりなのだが 去年もここだったね・・・

大阪では同じ程度のものを飲み食いした場合 一番高いのが梅田近辺・・・

次が南の道頓堀近辺で比較的安いのが新世界界隈(かいわい)・・・

3割程違うのだ・・・ 因(ちな)みに 今日は河豚(ふぐ)料理・・・

フグ料理も ピン から キリ まで有るのだが・・・

半世紀前 大阪に来て 初めてフグなるものを食べたことを思い出す

大阪でフグのことを鉄砲と言う・・フグも鉄砲も当れば死ぬことかららしい

フグ刺を鉄砲の刺身で「テッサ」と呼ぶのだ 大阪人言葉を縮めることと

言い替えることが「洒落(しゃれ)」と思う人種なのよ

旅先で呑んで又今晩・・・酒好きなので先が長う~ないの~




 2月15日(金) 晴れ

先ほど 南九州から帰りましたが三日間の「ちりとてちん」

「ぬかるみの女」韓流の「西宮」のビデオを見えるだけ

見ますわ・・・・・・ 今日は これで・・・・
 2月12日(火) くもり 後 晴れ

昔 どの家庭でも おせち料理作りが大変だったが・・・

昨年末 デパートの3~5万円のお節料理が飛ぶように売れた・・・と

新聞で読んだ・・・金持ち多いの~  何時まで続くことやら・・・?

1月1日 母親は早朝から雑煮作り・・ 味噌仕立てだった・・・・

まず 出来た雑煮を仏壇・神棚・松飾の前・台所・かまど・川の洗濯場・

地蔵さん・畑の入り口・農機具置き場・・・(後は忘れてしもたの~)に

供える・・・そして引き上げる それを3日間も・・・・

色々なものにこんな形で感謝の気持ちを表してのことと思うのだが・・・ 

今の人は便利で快適生活に慣れすぎて感謝の気持ちが少ないように見えるの~

些細(ささい)なことで 文句たらたら は いい方で・・・

理不尽なクレームが多くなったと聞く・・・ 今 もう一つ思い出した

故郷での17年間12月31日入浴の時必ず新しい下着を揃えてくれていたね・・

多分 明日から心を新たにして知育・徳育・体育に励め・・・との

母親からの Message だっただろろに鈍感な我輩 安穏(あんのん)と日々を

過ごし 気が付けば 67歳・・ 後悔先にたたず・・・とは このこと・・・

若者よ この老人の 轍(てつ)を 踏むことなかれ・・だ

現住地 寒いので 明日から3日間南九州に Escape なのよ・・・ でも

寒波南下・・・あまり変わらんやろう ね

砂風呂で心身を温めて参ります   どちらさんも いい 夜を・・!


 2月11日(月) 建国記念日(旧紀元節)

第二次世界大戦の終戦(昭和20年)以前の今日を紀元節と呼んだ

神武天皇の即位した日と言われ日本の4大祭りの一つだったのだ

これは神話の世界で神武天皇を祭っているのが奈良橿原(かしはら)神宮

戦後 紀元節が廃止されたが昭和41年に国会で決まり翌年から

建国記念日と名前を変え国の祝祭日となって現在に至っているのだ

神武天皇の即位から数えて今年で2668年になるのだ・・・余談ながら

何十年も前から我輩の年賀状にはこの年号を用いています

開戦前の昭和15年が丁度2600年に当り全国津々浦々提灯(ちょうちん)

行列等 大変賑やかな祭りだったそうな・・ 我 誕生の1年前・・なり

先ほど TVのニュースを見ていたら橿原神宮の紀元祭りやら建国記念日

是やら 非やら・・の集会・・・ 平和ボケの日本 丸出し・・・・

この国の滅亡も有るのでは・・・と言う時にだ・・・誠に脳天気なことだ !

もう少し休日を減らしたら・・・と考える 一人ではあるのだが・・・

おやすみ Zzz・・・  よい お目覚めを・・・・




 2月10日(日) 晴れ

12月28日の餅つきが終われば 3ケ日食べる御節料理・・・

それは それは粗末な材料で6人+客用を母親一人で創意工夫して

正月らしいものを作ったのだ   我輩の幼少時は・・・働いている

国民の80%は農・森林・漁業等の第一次産業従事者で60歳以下の

人には想像をはるかに超える貧しさだったのだ

昔の多くの母親は学歴がないが賢くてよく働いた・・・と 思うね

今は豊富に食材があるにもかかわらず御節どころか日々の料理もなさらない

主婦の多いこと・・・なぜ 手軽で便利なレトルト食品にたよるの・・・?

だから・・・とは言いませんが・・・農薬入りが有るのに・・・だ

国の内外製を問わず レトルト食品は如何なものか・・?

栄養めんで・・食文化のめんで・・安全上のめんで・・・特に外国産に

頼る事は食の安全保障に係わることで 重大事ですわ

若い世代の方は真剣に考えて欲しいね・・・老婆心ながら・・・・

・・・と申す拙宅も「讃岐うどん」だけはレトルトですがね・・・

ちと・・今日はピリ辛になり申した・・・その上 又 また

横道に迷い込んでしもたワイ・・・ もう少し続きそう

婆 バア~め が 五月蝿(うるさ)い・・・夕飯にします




 2月9日(土) 雪

兵庫県南部も2年ぶりに3cmの積雪・・・
折角咲いた菜の花も身震いですわ・・・可哀そうに!
菜の花もビックリ

今は 正月と言っても飾り・初詣・里帰り等なにもなく

単に365日の通過点に過ぎず あきまへんな~ 

我輩の幼少時は正月に限らず 四季折々の行事をきっりしていたが

昭和50年代以後 故郷でも その数 めっきり減りました

我が 近隣で注連縄(しめなわ)「こんな字をかくのだ!」を

玄関口に飾っている家は数える程・・国旗に至っては皆無・・・

良い傾向なのか・・?  それとも悪いのか・・?

拙宅にも国旗なしです・・・ 昔はどの家にでも有ったのだが・・・

現在 「日の丸」は日本国の国旗で 我が祖国の象徴なのだ

日の丸がダメとおっしゃるのなら替わりのデザインを提示して

国民に賛否を問われては如何でしょうか?Democracyの国なのだから・・

国旗を持たない国などないのだから・・・

横道にそれてしもた・・・わい  次も 正月 もう少し・・・










 2月8日(金) 曇り 後 晴れ  針供養

夕方 5時ごろ散歩に出かけるのだが冬至ごろに比べ日照時間が格段に

長くなっていると実感しますね・・・ 数時間も違う感じなの・・・・

昔 夕方の件で喧嘩したのを思い出した・・ 議論好きなのよ・・我輩は

夕方とは何時ごろなの・・・? これ 人により違うのよ・・・ね

これでは人との意志の疎通がままになりません 実は決っているんだ・・わ

この件 本日は割愛します・・・ いずれ又・・・・

我輩の幼少時は旧正月で今の中国と同じだった・・・でも新暦の正月に

変わり嬉しかったことを思い出すわ・・・ Why ?

正月前の家の行事の「餅つき」に参加したかったのだが・・・・

「餅つき」は12月28日と決まっていたのだ・・・WHY ?

数字の 八 は末広がりで縁起がいいので・・・らしい

旧暦のその日はほとんど学校へ行く日で参加できませんが新暦の

12月28日は冬休み中なのだ・・・如何ともしがたし・・だね

当時 こんな単純な理由(わけ)で新暦を歓迎していたのだった・・

書き出すと当時を色々思い出すね・・・ 次回もこの続きです 

いいTVでも 見た後 良い 夢を!