今回の入院する前に、兄がとった不思議が事が有ったらしいビックリマーク(両親からの話)

入院する2日前に、兄が両親を車でドライブに連れ出し、いろんな所を沢山回ったらしいビックリマークそして、突然、家で『もし、僕が亡くなった場合、写真を選ぶ時は、この時代の写真を使って欲しい』と話したらしい。両親は、びっくりして『突然何いうの�今元気にいるのに~馬鹿の事言わないで』とビックリマーク

その2日後に、発熱ダウン(肺炎と胃腸炎と診断)とりあえず検査入院という事で入院。 (結果的に、この入院後、退院せずに数ヶ月後に他界となる。)
私と弟は、計画に遊びに来たので、兄の入院は残念でした。 また主治医が変わっていてダウン(田舎のせいか�一年毎に主治医が変わるそうです)その医師より『状態は、比較的安定しています。しかし、あの肺ですから、肺炎を繰り返しています。体力的にも、若いですが、そう長く生きられないと思います』
その言葉は、六年前から何回も聞いていた。だが、兄は何度も危機を乗り越えてきたビックリマーク

兄は、私と弟の帰郷を楽しみにしていたらしく(両親からの話)、面会では、家族5人で、いろんな世間話や、たわいない会話に花をさけせましたビックリマーク数日間滞在していましたが、家族5人での会話があれが最後とはダウン思いませんでした。

また来年も遊びに来る約束をし戻ってきました。

数ヶ月後の水曜日、たまたま午前中が休みで、午後から仕事予定でしたが、朝早くに、またまた危篤の電話�ましてや、その電話は主治医から~ 延命処置の話がダウン
しかし、以前に家族 で話あった結果は(延命処置をしない事を話し、本人も延命処置しないと思っていたと。自分の死期を感じていたのかもダウン)
その後、急遽帰郷ビックリマーク
一晩中、弟と二人でずっと兄に付き添い(兄弟三人が一緒に居れる時は今夜だけだと思い、ずっと付き添いました)

両親は、6年前のように帰宅させた。

朝方4時に急激に状態悪化�両親を呼び寄せて、最期は、両親と私と弟の4人で看取りました�
悲しいが死に顔は、とても安らかな顔に、『あれで良かったと』思いました。

私は、兄の為には、六年前に味わった辛さ、悔しさビックリマーク一生忘れること出来ないであろうダウン

おしまいビックリマーク