映画ゴジラを見た。
ゴジラは、日本生まれの世界のヒーローになった。
同じ映画の天才に、日本が誇る黒沢明監督がいる。
黒沢明監督が、あの有名な七人の侍を撮っている時に、同じ東宝の撮影所でゴジラ第1作が撮られていた。
監督の本多猪四郎さんは、まだ怪獣映画のジャンルが確立する前に、ゴジラの撮影をしていて、同じ監督でも七人の侍を撮影している黒沢監督を羨ましく思っていたと聞いた記憶がある。
仕事で東宝に行った時、東宝撮影所の小さいプールを見て、私は、本多監督と黒沢監督が、同じ時期にここで撮影していたんだと物思いにふけった事を思い出した。
誰もが、怪物映画と言えばキングコングを思い浮かべる時に、日本発の怪獣映画として、その後も、東宝を支え続ける日本を代表する映画ゴジラを本多監督は撮った。
天才黒沢明は、彼がいなくなれば撮影出来ないが、ヒーローキャラクターゴジラを産み出して定着させた本多監督の偉業は、誰もが認めるところだと思う。
ただ、本多監督としては、怪獣映画を撮るのは、自身が撮りたいと願う物とは違ったのだろうが、今や彼の代表作だと多くの人が感じる筈だ。
黒沢明監督と言えば、数々の名作映画を撮り、スピルバーグをはじめ世界の多くの監督が憧れる天才である。
映画は、娯楽作品でありながら、根底にただ楽しむだけでないテーマが含まれている。
黒沢監督も、生きるなど、人間の生き方をテーマにした作品を多く撮っている。
では、ゴジラはどうなのだろうか?
ゴジラでも、やはり人間の生き方をテーマに撮られている。今回のゴジラは、人間の業が世界を滅ぼすとして、ゴジラがそんな中、世界を救う為に現れたとされている。
では、人間の業が世界を滅ぼすとはどう云うものか?
第1作目のゴジラには、明確な反核のテーマがある。
核兵器は、人間の業の極みかもしれない。
当時、ビキニ環礁で、水爆実験が行われ、あまりの威力に、胸をあらわにアピールするセパレート水着にビキニとつけられるほどで、
ビキニ環礁で操業していた日本の漁民が被爆し、採られたマグロなどが出回ったと騒動になったり、被爆魚が築地市場の土に埋められるなどなどの事から、反水爆運動が日本国内に広がる。
そうした中、ゴジラは創られた。
ゴジラが水爆で目覚め、戦争の傷痕からよみがえった日本を、再度混乱、災いの渦に巻き込むと云うもので、それに立ち向かう人々の姿を描き、観客動員数961万人の大ヒットになった。
ゴジラが創られた1954年は、第二次世界大戦後に起きた朝鮮戦争の直後であり、日本人の心にまだ戦争の悲惨な記憶が生々しく残っている時代である。
日本国中に、手や脚を失くした戦争負傷者が沢山いた。
そうした中、世界は、共産圏と民主主義圏に分かれ対立の構造を明確にし、日本を民主主義圏の防波堤だと認識したアメリカは日本に軍隊を持たせようと考えはじめる。
事実、日本は、敗戦革命を画策したソ連や中国により戦争に巻き込まれ、実際に朝鮮戦争では、国内で、アメリカ軍の妨害だけでなく、
革命を指事する指令がソ連、中国を後ろ楯にした北朝鮮から出されている。
こうした混乱した時代に、ゴジラは、反核、平和を願うヒーローとして誕生したのだ。
ただ、この混乱は今も続いているのを、あなたは知っているだろうか?