沼津工業高等学校を卒業した僕は、
某鉄道会社への就職を果たした!!
1ヶ月の研修のあと保線業務についた!!
だが、もともと体力のない貧弱な体
外作業の保線業務は想像以上にキツく、
夏場はさらに過酷でお昼も喉を通らず、
ストレスも重なり病気にもなってしまった程だった。
重い物を持ち続け、自然と体力もついた4年目あたりからは、
段々とその苦しみからは解放されていきましたが、
入社から3年間は何度も辞めようと思った、辛い日々でしたね。。。
そのとき僕の心を救ってくれたのが音楽だったのですが、
それは、次章の中でお話したいと思います!!
入社してから約17年余
人生の約半分をこの会社で過ごしているなんて、
何だかとっても不思議な感じがしてきますねー。。。