■終章:深海図書館
ぱらぱらと、ページを捲る音。
光の届かない深海であるはずだというのに、どういう理屈か、窓から射し込む光は昼のように明るく、肌に触れる水は心地良さを感じさせる。
南国の海のごとく澄み渡った水中にひっそりと建つ巨大な図書館の一角で、こぽり、銀の泡を吐きながら館長はまた次のページを捲り、隣に座る青年に向け言葉を紡いだ。
「エンド神が能力を使ったあと。エンド神と天使は最早別人だったためか分離しました。そして、リピート神…エドワードとエンド神は門番によって次の世界へ飛ばされ、私はここに行き着いた、と。これが、私とルトしか知らない“もう一つの物語”です」
館長、否、ゲドウ神は「余談ですが」と続ける。
「夢幻ノ館で御前が私の為に捧げたのは、神視の力だけではない。あと数度は転生したはずの命と時間、更には霧谷深夜としての寿命約六十年分だった。故に、本来ならばこうしてここに在ることすら適わないのです。…が、館主が言っていた通り世界の核に囚われることで、御前は悠久の生命を手にした。さて、そんな御前に問いますが。世界の核に囚われるとは一体どういう意味でしょうか」
霧谷深夜の姿をした青年は顎に手を添えて思考すると、答えた。
「世界の核とは、ここ────深海図書館のこと。この世界の全ての物語が何者かによって紡がれ、本棚に保管されている。そして、核たる深海図書館の化身としてこの姿を保つこと…それは役割に囚われている、と同義になる、と」
「宜しい」
ゲドウ神は満足気に頷いてテーブルの上に本を置くと、指を鳴らす。
「御前がここの化身として完全に固定されるのを確認しましたし、私もそろそろ行かねばなりません。留守は任せましたよ、深夜」
どこからともなく現れた門番を従えて、彼女は図書館の奥へと歩いて行く。
いつか、神々を飲み込んだ紫の扉の前まで来ると、門番は扉をゆっくりと開いてゲドウ神の後ろにまた戻った。
[ さぁ、おいで ]
[ 君の物語を、僕に見せて ]
落ち着いた少女のような、声。
「………」
何も応えず、ただ口元に笑みを浮かべてゲドウ神は一歩を踏み出した。
その瞬間、彼女の中にいるルトと、恐らくは声の主であろうソレの目が合った。
『………』
「千里眼同士“目が合う”って、本当にあるんですねぇ」
ルトの千里眼を通してその様を見たゲドウ神は、興味深げに呟き。
背後で扉が閉まる音を、聞いた。
この世界の物語は深海図書館へ還った。
箱庭から始まった神話は、ようやく終わりを迎えたのだ。
嗚呼、だけど彼女等にとっては序章の終わり。
彼女の物語は、これからだ……