■五章

 

 

 

 

下界。

 

夜の静寂に包まれて人々が眠る頃、人目につかない森の中、木に背を預けて根元に座っているエンド神はただ静かに夜が明けていく様を眺めていた。

 

己の内に意識を傾ければ、天使の寝息が聞こえる。

 

「今なら逃げ出せるかもね」

 

木に生っていた果実を取って戻って来た悪魔は、人格が入れ替わっていることに気付いてかそう言って笑うと、果実を投げて寄越した。

 

エンド神はソレを受け取ると一口齧り、それから首を横に振る。

 

「それでは、根本的な解決にはならない。それに…我が上手く逃げ出しても、天使が目を覚ませば真っ先にゲドウ神の元へ向かうだろう。…なら、貴様と共に行動している方が、まだマシだ」

 

「ふーん。俺が前にハンナを襲ったの、忘れたの?」

 

「……」

 

目元を覆う仮面越しにじっと悪魔を見ると、エンド神は自分の隣に座るよう彼を促した。

 

数時間前まで警戒心を自分に向けていたのに、一体どういう心境の変化なのだろう。

 

悪魔は不思議に思いながらも素直にエンド神の隣に腰を下ろす。

 

「天使は狂気に支配されて自分をコントロール出来ていない。だから、ゲドウ神と顔を合わせたが最後…何が何でも、殺しに掛かるだろう」

 

「そうだねぇ。ま、そうなるよう仕向けたのは俺なんだけどさ」

 

「……それは事実、なのだろう。しかし」

 

「なに?」

 

「貴様は、ゲドウ神を殺すつもりは全くないのだろう?」

 

ぴたり、悪魔の表情が固まった。

 

あらゆる言葉を予め想定していた彼だったが、エンド神の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったようだった。

 

意味が分からない、とでも言いたげに隣のエンド神を見る。

 

「我は貴様をまだよく知らない。だが、貴様と天使のやり取りを見ていてそう感じた。それに────御前はそういう奴だと、“私”は憶えている」

 

全く表情を変えなかったエンド神が、僅かにだが口元に笑みを浮かべた。

 

その瞬間、何故だろう。

 

悪魔は鼻の奥がツンとするのを感じ、この不可解な感覚を誤魔化すようにへらりと笑い返す。

 

「あは、何それ。君と天使は最早、別の人格として成り立っているっていうのにさ」

 

「別の、独立した人格同士であり…我たちは、やはり同じ者だ。そこだけは天使と認識が一致している」

 

「へぇ、案外君たち上手くやってるんだね。……さて、御喋りはここまで。夜が明けるよ」

 

地平線の果てから徐々に顔を出す太陽。

 

完全に昇りきるのを見る前に、エンド神は目を覚ました天使に意識を引きずり込まれ、入れ替わっていた。

 

「やぁ、おはよう。良い夢は見られたかい?」

 

「……、忘れたよ」

 

あまり夢見がよくなかったのか、不機嫌そうにふいと悪魔から視線を逸らし、天使は白い翼を広げた。

 

「行こう。今日で、全てを終わらせる」

 

「………。そうだね」

 

頷き、朱色に染まった空へと飛び立つ天使の後を追うように、悪魔も黒い翼を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

その様子を、遠く離れた地で見つめる人が一人。

 

「そう。今日で、僕たちの物語は終わらせよう」

 

赤と金の瞳を伏せて、その人────ルトは自分自身に告げた。

 

 

***