■序章:失われた楽園の傍観者
────これは、創世時代と呼ばれる時代の、私の記憶。
深い森の奥にひっそりと建つ神殿の太い柱、その天辺に腰掛けて北に建つ白亜の城を私は眺めていた。
城には、ここ<エデン>────またの名を<箱庭>を創った双神と、六人の人間の子供たち、そしてその教育係を務める天使と悪魔が住んでいる。
他にも住人はいた気がするが、長らくあそこには足を踏み入れていないので、私の知るところではない。
「クロウ」
「やぁ、我が主」
時折、神はこうして私を訊ねてくることがある。
今日は弟の方か、などと思いながら私は柱から飛び降りて側に寄った。
「クロウ、君の知恵を貸してほしい」
「えぇ、良いですよ」
「ありがとう。……知恵の実のことなんだけど、何か間違いが起きる前に処分してしまおうかと思っている。君はどう思う?」
知恵の実。
双神以外が口にすることは許されない、禁断の果実。
私はこの知恵の実を“禁断”とされる前に与えられ、幾つかの能力と知恵を得た者なので、その力をよく知っている。
だから。
「神が創り給うたこのエデンに、二面性のないものなど存在しない。白があり黒がある。善があり、悪がある。それは絶対です。貴方の子供らがソレを口にする可能性が僅かでもあるのなら、悲劇に成り得るその元を断つのが最も賢明な判断かと」
私は、忠告をした。
弟君の背を見送りながら、懐からパイプを取り出して火をつけ。
煙を吸うと、ふう、と空に向けて吐き出し呟いた。
「実を言うと、悲劇はもう中盤に差し掛かっているのだが…疑うことを知らない弟君はきっと止めることが出来ないだろう」
「私は叡智を司る者。そして、エデンの歴史を記録する者。どんな結末を迎えようと、私は未来を見通すこの目で見ているだけ」
それから、八日後。
世界最古の悲劇によって創世神話は崩壊し、全てが地上に堕ちていった。
***
弟君が私の元に訪れた日のことを思い出し、ふと思う。
私が持つ千里眼は“未来”しか映さないが、双神の片割れである兄君の過去、未来、此処とは違う世界…文字通り、“全てを見通す”目ならば、あの悲劇が起きる前から全貌を知ることが出来たのではないか。
だとすれば、彼は全てを視た上で、運命を歪めることなくシナリオ通りに演じてみせたというのか。
一体、何故。
「……その疑問は、数日後の未来で明かされるだろうか」
そう、数日後、創世時代の者たちによって悲劇は再び繰り返される。
もし“幸福の双子”と呼ばれたあの双神が、…いや、兄君がまた何もアクションを起こさなければ、人類は滅ぶかもしれない。
私は、かつてエデンの一部だった島の片隅で謳った。
「悪魔は謳う、禁断の果実に手を伸ばせと。
そうすれば愛しき彼の人を手に入れる手段を得る事が叶うと。
天使は踊る、悪魔の手の平で。
神の片割れは崩れた楽園の破片と落ち、天使は愛するもう一人の神の逆鱗に触れて堕とされる。
神の子等は天使よりも軽い翼で真理の輪の上を滑り、新たな世界の一欠片となるだろう。
嗚呼、願わくば。今度こそ、全てに神の祝福があらんことを」