ある春の昼下がり。
薔薇屋敷では期間限定で苺を使ったスイーツの提供を始めるために、2月から公式ツイーターで告知をしていたため、ここ数日御嬢様の入店率がぐんと伸びていた。
今日も使用人たちは忙しそうに厨房と客席を行ったり来たりしつつ、ふと、深夜は困惑した様子の後輩たちに気付き緩く首を傾げた。
「霧谷さん」
「はい、どうされましたか?御嬢様」
すぐ側の席から常連の御嬢様に呼び止められ、振り返る。
その御嬢様はスマホ画面を深夜に見せると
「伊月さん、今日はいつにもまして緩い呟きしてますね。ほら、これ」
ふふ、と楽しそうに笑った。
画面はツイーターの薔薇屋敷公式アカウントのようで、内容は
「( ˘ω˘)スヤァ…( ゚д゚)ハッ!いちごタルトおいしい…
」
と、所謂ゆるツイートというやつだった。
(先程から、皆の落ち着きがない原因はこれでしょうか)
「お嬢様、実は伊月くんは少し前に退職しておりまして。その呟きは他の使用人のものかと思われます」
「ええ、そうなの?てっきり伊月さんかと…うう、ていうかいつの間に退職しちゃったの」
「私も詳しいことは分かりませんが…聞くところによると、海外留学のためだそうですよ」
「そっかぁ…それじゃあ仕方ないよね。でも一言今までのお礼言いたかったなぁ…」
しょんぼりと肩を落とす御嬢様を慰めるように「彼のことです、そのうちひょっこり帰って来るかもしれませんよ?」と微笑み、厨房にまた戻っていった。
「執事長」
厨房でイチゴパフェの盛り付けをしていた美影は深夜が入ってきたことに気が付くと顔を上げ、表情は変わらないものの若干申し訳なさそうな声音で告げる。
「公式アカウントの呟き。私がやりました。まさか皆があんなに困惑するとは思わず…余計だったでしょうか?」
「ふふ、いえ、確かに私も驚きましたが余計ではありませんよ。ありがとうございます」
ティーセットの準備をしながら、深夜は続けた。
「そういえば、私たちは伊月くんのことを何も知らないかもしれませんねぇ。北條さんも私も、初期メンバーという意味では同期なのに」
薔薇屋敷が出来て、深夜、美影、そしてオーナーの三人で数日は給仕をしていた。
それから一週間後に使用人の仲間入りをしたのが、伊月 奏だった。
美影は真顔のまま盛り付けを終え、準備していた珈琲をカップに注いでいく。
「そう、ですね。彼は全く自分のことは語りませんでしたから。…嗚呼でも、珈琲が好きだと、此処に来た頃に話していましたよね」
「えぇ。彼が珈琲好きだったから、私は苦手な珈琲の勉強もするようになったんですよねぇ」
懐かし気に目を細める深夜を一瞥し、美影もまた薔薇屋敷が出来た頃のことを思い出して僅かに頬を緩めると
「お出ししてきます」
その場を後にした。
***
「本当はね、あんなに長く執事をやるつもりはなかったし、とっとと計画を実行に移してしまう予定だったんだ」
深い森の奥。
「たまたま、気紛れであの店に立ち寄っただけで。最初は執事なんてやるつもりもなかったしさ」
「……だけど。珈琲嫌いな彼が、俺のために初めて淹れてくれた珈琲が。────美味しかったんだ」
大木の木の枝に腰を掛け、青年の独り言に静かに耳を傾けていた白銀の髪の女は、口を開く。
「だから、計画を先に伸ばして執事をしていた、と?」
「まぁ、そういうことになるかな」
けらりと、青年────奏は笑った。
「いやぁ、あの人は大っ嫌いだけど。昔面倒を見ていたせいか、やっぱり人の子は大好きだなぁ」
女はじっと奏を見ると、何とも愉快な気分になる。
(素直になれなかったあの黒い子供が、こんなにも素直になってまぁ)
「ところで、私にぺらぺらと計画とやらのことを話して、良いんですか?」
「うん?だって、もうとっくにバレてるでしょう、君には。いくら俺が原始の悪魔とはいえ…梟の千里眼からは逃げられない」
「よくお分かりで。だからこそ数百年前まで私を警戒していたというのに、どういう心境の変化で?」
「んー、君っていつの時代も“傍観者”に徹しているでしょ。だからだよ、警戒したところで君はあの人に俺の計画のことを報告しないし、邪魔しない。絶対的な傍観者なら、俺は安心して君を話し相手に出来るってわけ」
「そろそろ行くよ」と、空間の歪みに飛び込んで行ってしまうと。
「寂しがり屋に懐かれてしまったようだ」
女は木の枝から飛び降り、呟いた。