■三章
舞踏会の夜から、二十日過ぎた頃。
軍事会議を終え、そのまま真っ直ぐローウェル邸に帰ったハンナは専属メイドのオリビアに連れられ、父親の書斎へ向かった。
書斎の扉を軽くノックすると、中から「どうぞ」と反応が返ってくる。
「失礼します。お呼びでしょうか、父上」
室内へ入ると正面に座って本を読んでいたらしい父親、ジュリアスが視界に入り、緩く首を傾ける。
「嗚呼、おかえり。大した話ではないんだが、まぁとりあえず掛けなさい。オリビア、君にも是非聞いてほしいのでここに」
「畏まりました」
チェスターフィールド、と呼ばれる横長のソファーにハンナが腰を下ろすのを見ると、ジュリアスは読みかけの本を閉じ、彼女に告げた。
「明日、御前の婚約者となる青年が此処に来ることになった」
「……………………。は?」
長い沈黙の末、ハンナの口からようやく出たのは「突然何を言い出すんだこの父親は」と言いたげな声だった。
騎士長といえど、ハンナは伯爵令嬢でもある。
そのため、家同士が決めた相手と結婚させられること自体は珍しくないし、ハンナもいつかそういう日が来ると考えていなかったわけではない。ないのだが。
「本家に唯一生まれたのが長男ではなく、長女…私だった。だからこそ私を次期当主とするため半分は男性として育て、婚約は本当に必要なときしかさせない、と。それが一族の方針ではなかったのですか」
何故いまこのタイミングで婚約の話が上がるのか、そもそもどこの家の誰と婚約させるつもりなのか。
ふつふつと疑問が溢れ、ハンナは何とも言えない表情で隣に控えているオリビアに視線を向ける。
オリビアは主人の視線を感じてそちらを見ると、どうやら彼女もハンナと同じ疑問が浮かんでいるようで困ったように小さく笑むばかり。
「その通りだ。……だが、私はずっと考えていた。本当にそれで良いのかと」
「と、言いますと?」
「……、母さんと何度も話し合ったんだが、ハンナ。御前は私たちの期待以上に騎士として、そして時期当主として立派に育ってくれた。だからこそ、思うのだ。素直に全てを受け入れてくれる御前に、私たちは甘えすぎていたのかもしれないと」
ふう、と息を吐いてジュリアスは続けた。
「御前と同じ年頃の令嬢は色鮮やかなドレスを纏って、美しい宝石で着飾って。友人と街へ出掛けて買い物を楽しんだり、茶会を開いて他愛のないことを語らったり。そういう、令嬢としての楽しみを御前は知らない。私たちが、奪ってしまっているからだ」
「……ふむ。確かに、始まりは言われるがままだったかもしれませんが…私自身が、今の私であることを望んだのです。だから騎士長になったことや次期当主としてこれまで励んできたことに後悔はありませんし、父上の言う令嬢の楽しみを知らなくても私は十分今のままで幸せです」
「それに、幼馴染と過ごしているときは私もただの小娘に戻っていますから、そういう心配は無用ですよ」と笑うハンナに、ジュリアスは目を細めて娘を見やる。