「溜め息を吐くと幸せが逃げるそうですよ、師匠」
「…フェリックス」
いつの間に目の前にいたのか、少し癖のある金糸の髪の青年───フェリックスはエメラルドグリーンの瞳でじっとハンナを見下ろしていた。
彼はハンナの剣の弟子。
一緒にいる時間が今この場にいる誰よりも長いためか、僅かに落ち込んでいる風の彼女を気遣うように小さく笑み
「彼女を連れてきました」
彼の一歩後ろでそわそわとし視線を彷徨わせているシアンの髪の少女へと視線を移した。
ハンナは、彼女が騎士見習いのみが着用する黒い軍服を纏っていることに気付いて
「ようこそ、我が騎士団へ」
心から歓迎するようにゆるりと微笑み、握手を求めるように右腕を伸ばす。
少女は恐る恐る腕を伸ばし、そうっと手を握る。
「師匠、提案ですが。騎士としての彼女の名を考えて差し上げては如何でしょう」
数年前、魔女狩りを装い村を襲った盗賊がいた。
そのとき、何とか村の外れの森へと逃れた少女は当時まだ副団長だったハンナに保護され、田舎に住むフェリックスの親族の元へ身を寄せていた。
それから少女は親族たちからフェリックスやハンナの話を聞き、命を救ってもらったことへの感謝と民を護る騎士になりたい、ハンナのようになりたいとあらゆることを猛勉強した末に、今こうして騎士長であるハンナの前に立っている。
その頑張りに対する褒美と期待を込めて、フェリックスは騎士長直々に騎士としての名を授けてはどうか、と数日前から考えていた。
「ふむ、良いでしょう。……そうだな、」
少女の手を離せば、
「ステラなんてどうです?今はまだ小さな輝きにすぎないけれど、いずれ大きく輝く星となって騎士団を導くという意味で」
名案だと言わんばかりにフェリックスを見やる。
フェリックスは暫し思案顔になるも「良いのでは」と頷いた。
「御前はどうです?気に入らなければ、他の名を考えますが」
「え、えっと…私には恐れ多く、そして素敵な名前だと思います」
僅かに頬を朱に染め、ハンナを見上げる。
「ふふ、では今から御前の名はステラです。これからよろしく、ステラ」
「は、はい!精一杯頑張ります、よろしくお願いします…!」
がばりと勢いよくお辞儀をするステラに笑みを浮かべつつ、フェリックスは数刻前女王の従者より預かっていたハンナ宛の伝言を思い出し告げる。
「そうでした。女王陛下より、明日十四時より宮殿の中庭で師匠と茶会をしたい、とのことです」
「はぁ、舞踏会の準備で此方は忙しいんですけどねぇ」
「最近、師匠が相手をしてくれないと拗ねておいでだと従者の方から伺いました。ローウェル家が独自ルートで入手している茶葉を手土産に行かれては?」
「仕方ない。しっかり御機嫌を取って舞踏会の警護の件で騎士団には特別手当てを貰えるよう掛け合ってみましょうかね」
「流石師匠、我々のボーナスは師匠に掛かっていますのでくれぐれも陛下の御機嫌を損ねないよう御願い致します」
「はいはい」とすっかり元気を取り戻し、笑いながら二人に背を向けその場を後にするハンナを見送れば、ステラは
「な、なんていうか…お二人の会話、すごいですね…」
緊張の糸が切れたように、その場にへたり込んだ。
「これくらいでへばっていては、この先やっていけませんよ。…まぁ、師匠の言動には私も時々ひやりとさせられるので、気持ちはわかりますが」
「え、そうなんですか?」
「はい。あの方、頭が良い故に馬鹿なので」
「??」
頭が良い、けれども馬鹿。
矛盾しているのでは、と言いたげな視線を寄越すステラを見下ろすとフェリックスは「君もいずれわかります」と苦笑いをした。