■一章
17世紀、英国。
「また、ですか」
宮殿内の会議室、窓際の席に座り近々王宮で開かれる舞踏会の段取りがびっしりと書かれた書類を片手に、会議の進行役の説明を聞いていた白い軍服姿の女は、開放された窓の外から聞こえてくる叫び声に顔を僅かに上げ呟いた。
女と言葉を交わす絶好のチャンスとばかりに、女の右隣に座る大臣の一人が肩を竦めつつ口を開く。
「次はどの街の魔女が刑に処されているのでしょうなぁ?」
「さぁ…全く、昔から魔術、魔法はこの国の十八番だというのに、その国が何の知識や力を持たない女子供を魔女の嫌疑にかけ、火炙りにするなど…正気の沙汰とは思えませんねぇ」
「ははは、全く持ってその通り。…しかし、そのような発言を此処ですれば、女王陛下に仇名す逆賊として捕らえられてしまうやもしれませんぞ?そうなれば、貴女の家名に傷がつくどころの騒ぎではない…」
「貴方はそれをむしろ望んでおいででは?」
大臣はまさか、と首を振って続ける。
「表は女王陛下のナイト、裏は忠実なる狼としてご活躍されている貴女無くして、この国は…」
「そこ。無駄話は慎んでいただけますか」
どうやら大臣の大きな声は会議の妨げになっていたらしい。
進行役の男は眉を顰め、大臣と女―――レイモンド騎士団騎士長、ハンナ=ローウェルに鋭い視線を向けていた。
「申し訳ない。話を続けてください」
形式だけの謝罪をするハンナに、進行役の男は一層不快感を露にするも、コホンと一つ咳払いをして再び説明に戻った。
***
「おいあれ…ハンナ様じゃないか?」
「嗚呼本当だ…一人みたいだな」
「俺、ちょっと声掛けてみようかな」
「はぁ?俺たちみたいな下級貴族が気安く声掛けて良いような方じゃないだろ」
三時間に渡る会議を終え、鏡のように磨かれた大理石の床をゆったりとした足取りで歩いていたハンナは、ひそひそと遠巻きに何事かを囁いている同い年くらいの衛兵や淑女たちを一瞥しては
(やっぱり、嫌われているんですかねぇ)
そんな、彼等の思いとは真逆の解釈をし小さく息を吐いた。
この国では、女王陛下からの絶大な信頼の元、直々に特別な任務を言い渡される者にのみ与えられる称号、通称“赤薔薇”というものがあり、ハンナはその称号を授与された証として、胸には常に赤薔薇のブローチをつけて歩いている。
特別な任務、というのはつまり、“情報収集” “裏社会の監視” “掃除”といった、ありとあらゆる汚れ仕事のこと。
先程会議で話しかけてきた大臣や野心を持った者は、赤薔薇のブローチを見た瞬間目の色を変え、己の手は汚さず可能な限り楽に出世したいと彼女に取り入ろうとしているが、年若い貴族や騎士、使用人たちなどは特別任務がまさか汚れ仕事だとは思っていないため、純粋に憧れ、或いは尊敬の念を持ってハンナを見ていた。
そうとは知らず、表情には出さないものの内心では若干落ち込んでいるハンナはまた一つ、溜め息を零す。