■三章

 

 

 

それから数日。

 

ゲドウ神は少年の前に現れなかった。

 

(神様だって前に言っていたし、きっと忙しいんだ)

 

そう思うも、内側は何だかもやもやしていて教壇に立つ院長の有り難い話など耳に入ってこない。

 

院長は彼の様子に気付いたのか、昼食を終え一人教室の机に突っ伏しているエドワードに声をかけてきた。

 

「ロディ、少し良いですか?」

 

「………」

 

ロディ、とは孤児院でのエドワードの名前だが、彼の親から与えられたモノではない。

 

彼を呼ぶのに困るからと適当に孤児院の者がロディと名付けたのだと思っているためか、エドワードはその名が好きではなかった。

 

それでも院長のことは嫌いではないため渋々顔を上げると、彼女は柔らかく微笑みかけていた。

 

「お昼寝中、ごめんなさいね。少し、おばあちゃんのお話相手になってくれないかしら」

 

院長は子どもたちの前では自身を“おばあちゃん”と言う。

 

理由は知らないが、きっと彼女なりに何か考えあってのことなのだろう。

 

こくりと頷くと、エドワードは院長に手を引かれるままについていった。

 

 

***

 

「―――昔、私がまだ若かった頃。此処で美しい人に出会ったことがあるの」

 

中庭にぽつりとある横長の椅子に腰を下ろすと、院長は静かに語り始めた。

 

「黄昏時だったからかしら、何をするわけでもなくただ薔薇の前に佇むその人は、何だかこの世の者ではない、神秘的な空気を纏っていて。声を掛けようとしたのだけど、緊張で声が出なくてね。暫くその人を見ていたら目が合ったの」

 

「………」

 

「赤い宝石のようなその目は恐ろしいほどに惹きつけられるものがあった。暫くその目を見つめていたら、その人は私にこう訊ねてきたの。“この薔薇は、貴女が育てたのですか?”と。私はそうです、と答えたわ」

 

「……そしたら、なんて?」

 

何故だろう、院長の記憶にいるその“美しい人”に心当たりがある気がして、エドワードは思わず口を開いた。

 

ふふ、と院長は顔に刻まれた皺を深めて笑み、続ける。

 

「“見事な薔薇です。このまま枯らさず、育て続けなさい。いずれ子ども等の道標になるでしょう”と。そうして、その人は立ち去ろうとしたの。でも私はどうしてもその人のことが気になって、名前を訊いた」

 

「………」

 

「その人は“通りすがりの神様ですよ”と答えて行ったの。ふふ、私にはあちら側の方々を視る目はあいにく持っていないものだから、最初は冗談かと思った。けど、次の日もその人が此処に現れたとき、彼女が視えているのは私だけなんだってわかって…恐ろしいはずなのに、何故かしら……すごく、ときめいてしまったの」

 

「どきどきした、ってこと…?」

 

「えぇ、そうよ。……もう一度だけ、あの人に会いたい。そして、此処の薔薇たちを見せて差し上げたいものだわ」

 

過去の美しい思い出を振り返り、幸せそうに目を細める院長。

 

エドワードは、きっとゲドウ神のことだと思い

 

「……院長先生。その神様に、今の話を伝えておくよ。先生は視えないかもしれないけど、おれなら神様に薔薇を見せてあげることは出来るから」

 

彼が人ならざるものを日常的に視ていることは、薄々この院長は気付いているようだった。

 

それをエドワードは少し前から察していたためあえて「まかせて」と、得意気な表情で言ってみせる。

 

院長はそんなエドワードの頭を撫でながら「ありがとう、お願いね」とまた笑った。