夜明に愚痴を聞いて貰った、その帰り道。
「立てよ、そんなんで許されると思ってんのか?」
(……かつあげ、?)
少し先の角から、まだ年若いであろう男の声が聞こえてきて、綾斗はちょっと様子を見て帰ろうと気配を殺し近付いていく。
そっと影から角の向こうを覗くと、刹那と同じ学校の制服を着た少年が二人。
一人は先程綾斗が聞いた声の主だろう、ぐったりとしているもう一人の少年の胸倉を掴んで睨んでいた。
「お前等みたいな下等生物が、なに気安く刹那さんに喋りかけてんだよ、あ?」
(……あれ、あの子ってもしかして)
綾斗は声の主の横顔に見覚えがあり、じっと目を凝らした。
そう、確か彼は―――
(刹那ちゃんとお茶してた奴だ)
そういうことならちょっと話は変わってくるかな、と少年たちにつかつかと歩み寄り、胸倉を掴んでいる方の少年―――壱琉の腕を掴んでにっこりと笑った。
「何があったのか知らないけどさ、その辺りにしときなさいな」
「………!」
突然現れた存在に壱琉は驚いたように目を見開き、思わず後退ろうと足を引く。
だが腕をしっかりと掴まれていて身動きが取れない。
内心激しく動揺しながらも綾斗に負けじと作り笑いを貼り付けて
「部外者は黙っていてくださいよ、橘さんのお兄さん」
なんとか声を絞り出した。
(まさかこんなに早く此奴と出くわすなんて…くそ、どこから話を聞いていた?)
そんな壱琉を綾斗は観察するように見下せば、やがてぱっと腕を解放して演技がかった口調でそう言いながら肩を竦める。
「やだなぁ、可愛い妹に関する話なら俺は部外者ではないと思うんだけど。……正直、そこにいる子がどうなろうと知ったことではないんだけどね。君みたいな、猫被って裏で色々やってそうな奴が俺の刹那ちゃんに近付こうとするのはちょっと、お兄ちゃん的に我慢ならないっていうか…ねぇ?」
「はぁ、ならどうしますか?」
「今はどうもしないよ。だけど、―――」
「………っ」
獲物にだけよく聞こえるように、耳元で囁いて。
赤い目の食人鬼は、静かに立ち去った。
***
『今はどうもしないよ。だけど、』
『ちょっとでも変なことをしたら、刹那ちゃんを見るその目も、綺麗な声を聞くための耳も、言葉を吐くたびに震える喉も、腕も足も胴体も心も。全部俺の胃の中に押し込めて、二度と刹那ちゃんに近付けないようにしてやるから、覚悟しな?』
「……まさか、いや、あれは…」
綾斗が立ち去ったあと。
壱琉は隣で意識を失い寝ている少年には目もくれず、その場にへたりと座り込んでぶるりと震えた。
「……刹那さんに手を出したら本気で“俺を喰う”つもりだ、彼奴」
日常的に刹那のストーキングを一年ほどしているため、彼女に兄がいること、兄は妹を溺愛していること、そして自分と同じく質の悪い人種であろうことは把握していた。
が、まさか自身が神として崇拝する刹那の隣で笑う男が食人鬼だとは。
もしかすると、自分はとんどもない相手を敵に回したかもしれない。
「……もし、そうだとしても。刹那さんは、俺の神だ」
だから誰にも渡さない。
ふう、と深く息を吐いて落ち着きを取り戻すと、壱琉も少年を放ってその場から立ち去った。