「ねぇ、刹那ちゃん。昼間、駅前のカフェで一緒にお茶してた男、だれ?」

 

コーンスープを口に運びながら。

 

正面に座ってポテトサラダに手を伸ばす刹那に、綾斗は訊ねた。

 

その声は穏やかだが目は全く笑っていない。

 

(兄さん、珍しくおこだ)

 

内心、殺意を抑えるのに必死であろう兄をちらりと見ると、ポテトサラダを頬張りながら「あれ、誰だっけな」と思考する。

 

基本的に兄以外はどうでも良いため、人の名前を思い出すのに若干時間が掛かる刹那。

 

(えっと…確か、)

 

「……、クラスメートの瀬戸くん。去年、水泳の補習で僕がコーチしてあげた子」

 

何とか名前を思い出し、何でもないように答えた。

 

綾斗は昼に見掛けた、妹と楽しそうに談笑する黒髪の少年の姿を浮かべて「嗚呼、そうなんだ」と頷きかけたが。

 

「……ちょっと待って。補習の子ってあの男だったの?お兄ちゃん、聞いてないよ?」

 

「そうだろうね、今言ったんだから」

 

「てっきり補習の子は女の子だと思ってたんだけど」

 

「そう。まぁ、別に変なことは何もないし、心配しなくていいよ」

 

刹那は「ごちそうさま」と手を合わせ、これ以上は何も言うことはないと話を終わらせて自分の分の食器を持っていく。

 

そんな彼女の背中を眺めつつ、最後の一口を飲み込むと

 

「……変なことは何もない、ね。アレは間違いなく“同族”の目だったよ」

 

恋心を拗らせ、歪な感情を映した―――そんな目だと、呟いた。

 

(彼奴も、普段は刹那ちゃんには危害を加えないタイプだろうけど、理性が飛ぶと結構厄介そうだな。……まぁ、一応刹那ちゃんの友達だろうし、今は様子見だけに留めておくか)

 

もし何かあれば、直ぐに狩ればいい。

 

相手が人間である以上、文字通り喰らってしまえばそれで片は着くし腹も満たされる。

 

うっすらと笑みを浮かべながら手を合わせると、黙々と食器を洗っている刹那から視線を外し、綾斗も片付けを始めた。

 

 

***

 

 

綾斗と刹那が夕食を終え、リビングで寛いでいる頃。

 

瀬戸 壱琉(イチル)は恍惚の表情で壁に貼っている刹那の写真の一枚に触れた。

 

「嗚呼、今日も刹那さんは綺麗だったな…」

 

去年の夏休み。

 

水泳の補習初日、写真部の依頼で水中撮影のために登校した白いワンピース姿の刹那とプールサイドで出くわし、水中で舞うように泳ぐその美しさに一瞬で心を奪われた壱琉。

 

クラスメートという以外に彼女との接点は何もなかったが、彼女はどうやら泳ぐのが得意なようだったためコーチを頼んでみるとあっさり快諾され、何日か彼女と言葉を交わすうちにその人柄に惹かれて。

 

いつしか、彼の中で橘 刹那は初恋の相手ではなく、信仰の対象へと変わっていった。

 

彼女を自身の神として祀り上げ、どこまでも盲目的且つ狂信的に崇拝し。

 

彼女の美しさが何者にも歪められないようにストーキングをして見守るようになり、今に至る。

 

(そういえば、)

 

脳内で美化しまくった刹那との出会いを再生しようと目を閉じたとき、ふと昼に彼女の兄、綾斗が自分たちを数分見ていたことを思い出し呟いた。

 

「彼奴の目。“同族”か、厄介だな」

 

「……まぁいい、何かあれば俺が刹那さんを守ればいい。それだけのことだ」

 

そうして、壱琉はにぃ、とどす黒い笑みを浮かべるのだった。