霧谷家に戻ると、リピート神はゲドウ神がいるであろうリビングに直行した。

 

「おや、おかえりなさい」

 

リビングの扉を開けると、彼が思った通りゲドウ神は朝からソファーに腰掛けて優雅に紅茶を飲んでいた。

 

リピート神は「ただいまッス!」と元気良く返し彼女の隣に座り

 

「先輩、もう朝食食べました?」

 

緩く首を傾けて訊ねた。

 

「うん?いや、君が戻ってくるのを待とうかと思ってまだ食べていません」

 

「え、お待たせしてすみません!直ぐ作りますね」

 

「嗚呼、大丈夫ですよ。深夜が私と君の分の朝食を日暮の分と一緒に作っておいてくれたので」

 

「あ、じゃあ日暮ちゃんが起きるの待って三人で食べましょう?」

 

「ふふ、いいですね。そうしましょうか」

 

何気ない会話に、何故か安堵を覚える。

 

奏の前でずっと緊張状態だったからだろうか。

 

(あー…やっと少し落ち着いたとこだけど、こういうのは早めに確認しといた方がいい、かな)

 

「……あの、先輩。聞きたいことがあるんスけど、いいッスか?」

 

「ん、構いませんよ」

 

僅かに声のトーンが下がったことに不思議に思いながらも、ゲドウ神はティーカップを置いて話を聞く態勢になる。

 

それを確認すると、リピート神は出来るだけ重くならないように、世間話でもするようにあのことを訊いた。

 

「俺たちって、多分元は皆人間じゃないッスか。で、その時の記憶が個人差はあれど残ってると思うんスけど、先輩はどこまで覚えてます?ほら、先輩記憶力いいからやっぱり全部覚えてるのかなって」

 

「………」

 

「先輩?」

 

静かに目を閉じ、考え事をしているのか黙り込んでしまう彼女の顔を覗き込む。

 

暫くするとゲドウ神は目を開け、いつもの調子で「昔のことなど、もう忘れましたよ」と笑いながら紅茶を啜った。

 

 

***

 

 

深夜2時過ぎ。

 

霧谷家の住人とゲドウ神が眠りにつくと、リピート神は一人外に出て屋根の上に座った。

 

手には、薔薇屋敷を出る際奏に手渡された一冊の手帳。

 

『ここには、ある女性の記録が記されています。これを貴方に差し上げますので、中を見るも捨てるもお好きなように』

 

胡散臭い笑みを浮かべる奏が頭を過り、手帳を洋服の内ポケットに仕舞おうとするも中身が気になり、またソレを眺めた。

 

「あの間って、覚えていないからどう答えたらいいか分からなくて空いた間なのか。それとも覚えてるけどどう答えるか考えていて空いた間なのか…どっちも有り得るから、難しいんスよね」

 

どちらにせよ、彼女の口から過去が語られることはきっとないだろう。

 

それならそれで別に構わないのだが。

 

『いま、俺が貴方に彼女の過去を知らせようとしていることには、意味があります』

 

最後に奏はそう言っていた。

 

それがやけに頭に残って……リピート神を惑わせる。

 

「ちょっとだけ。ちょっとだけ見て、明日伊月君に返しに行こう」

 

湧き上がる好奇心と罪悪感が混ざり合い、彼の心拍数を上げる。

 

黒い表紙に指先を伸ばし、恐る恐るページを捲った。

 

それを、少し離れた場所から見ていた影は、赤い目を細め笑った。

 

 

 

 

 

 

――――翌朝、リピート神は誰にも、何も告げずに姿を消した。