ある日の午前。

 

「おかえりなさいませ、御嬢様」

 

平日の午前とあってか、客席にはまだ誰の姿もなく。

 

御嬢様、と呼ばれた女性――ゲドウ神は、自分を出迎えた新人執事のあとについて歩き、案内された席に腰を下ろすと店内を見渡した。

 

(深夜は…厨房か、事務仕事でしょうかね?)

 

薔薇屋敷の執事長、霧谷 深夜。

 

彼の家に棲み付いているゲドウ神は一度、深夜の仕事ぶりや"使用人に扮した従業員が働く喫茶店"というこの国独自の文化を自身の目で見てみたいと、こうして店に足を踏み入れたのだが。

 

(午後に顔を出せば良かったですかねぇ)

 

深夜の姿は見えず内心で呟き、傍で控えていた新人執事を見上げた。

 

「君…ここに来て、どれくらいなんですか?」

 

「え、えっと…実は今日が初給仕で」

 

しどろもどろに答える執事に小さく笑いかけると

 

「ふふ、でしょうね。あまり緊張せず、気楽におやりなさい」

 

ゲドウ神はシフォンケーキとアールグレイを注文した。

 

それから暫くして、先程とは別の、給仕をし慣れた風な執事がトレーに注文されたものを乗せて彼女の席までやってくると軽く頭を下げる。

 

「御嬢様、初めまして。執事の伊月 奏と申します。シフォンケーキと、アールグレイをお持ちしました」

 

「初めまして、伊月さん。ありがとうございます」

 

「伊月、で構いませんよ。御嬢様のことは…お名前で呼んだ方が宜しいでしょうか?」

 

「……。ふふ、そうですねぇ…御嬢様、なんて歳でもないですし、名前で呼んでいただいた方が落ち着きます」

 

一瞬、すっと目を細めるも直ぐに名前でと答えるゲドウ神を見つめると

 

「畏まりました。それでは、――」

 

伊月はにっこり笑って頷いた。

 

 

*** 

 

 

「伊月君、休憩時間ですよ」

 

ゲドウ神が帰ったあとも給仕をしていた奏は、店の奥で事務作業をしていた深夜に声を掛けられ時計に視線をやると

 

「あれ、もうそんな時間?」

 

驚いたように声を上げた。

 

「気付かなかったんですか?」

 

「えぇ、今日はいつもより給仕が楽しくって」

 

「ほう、何かいいことでも?」

 

緩く首を傾げる深夜に「まぁね。さて、休憩に行ってきます」と手をひらりと振って休憩室に向かった。

 

休憩室の扉を開けて中に入ると、後ろ手に閉めて奏は俯いて。

 

「ふふ…まさか、こんなところでお会いできるとは。…ねぇ?」

 

「ハンナ御嬢様」

 

心底楽しそうに、嬉しそうに笑った。