誰もいない、静寂に包まれた森の中。

 

目的地に着いたゲドウ神は、ぽつりと一つだけそこにある墓の前に片膝を折る。

 

「...Wir haben uns lange nicht gesehen」

 

墓の下で眠る少女の母国語で「久し振りですね」と囁くと、彼女は微笑んだ。

 

そうして暫く墓に刻まれた少女の名前を見つめると、立ち上がって戦神の側を通り過ぎる。

 

森を出て空に飛び立つ直前、ゲドウ神はまた少女の母国語で「おやすみ」と呟いたのを、戦神は聞き逃さなかった。

 

 

***

 

 

霧谷家がある街の、隣街まで戻ってきた頃にはすっかり夜になっていた。

 

森を出てから一言も喋らないゲドウ神を、心配げに斜め後ろから見ていた戦神は、下の方で多くの明かりや人間の楽しそうな声に首を傾げ見下ろす。

 

「ゲドウ神、あれはなんだ?」

 

「ん、祭りのようですね。…そういえば、深夜が少し前に祭りがあると言っていましたねぇ」

 

「そうか…少し、行ってみないか?」

 

「別に急ぎはしませんし、構いませんよ」

 

人気のない場所に降り立つと、人間の目に姿が映るようにしてから二人は様々な屋台が並ぶ方へと向かっていった。

 

「すごい人だな…」

 

「こういうところは、人間も天上の者たちも変わりませんよね」

 

くすりと笑いながら人の間を縫うようにして歩いていくゲドウ神を見て、戦神はいつもの彼女だと安心し『りんごあめ』と大きく書かれた屋台を指差してあれは何かと訊ねようとした、そのとき。

 

「ん、」

 

「……ッ」

 

人間にぶつかったのか、前のめりに倒れそうになるゲドウ神の身体へと片腕を伸ばし、自分の方へ引き寄せた。

 

若干抱き締めているような体勢に戦神は狼狽えるも、今ここで身体を離せばゲドウ神が倒れかねないため、必死に平常心を装って「…大丈夫か?」と顔を覗き込む。

 

「…おやまぁ。すみません、大丈夫です」

 

「…流石にここでその靴は歩き辛いだろう。俺の腕を掴んでいるといい」

 

「え、っと…ありがとうございます」

 

戦神の腕から解放されたゲドウ神は珍しく動揺しているような、何とも言えぬ表情で彼の腕を掴むと、二人はまたゆっくり屋台を眺めながら歩く。

 

またよろけないようにと、戦神はちらりとゲドウ神を見ると。

 

ほんの少しだけ彼女の白い頬が朱に染まっているのが目に入り、思わず淡い期待に胸をときめかせた。

 

(……少しは、意識してもらえているのだろうか)

 

そうだと、いい。

 

内心で呟くと、ふと喉につっかえていた言葉の塊が解けていくのを感じる。

 

何故このタイミングなのかと苦笑しつつ、彼女に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で彼は告げた。

 

「……俺は、知っているからな。あの少女を"救った"ことを」

 

(まだ、想いを告げる事は出来ないが…これくらいは、伝えてもいいだろう)

 

しっかり彼女の耳に届いていたようで、何も言わずただ頷くゲドウ神を見ると戦神は小さく笑ったのだった。