終章

 

 

 

70年後。

 

一人の老紳士が、愛する家族たちに見守られながら永い眠りにつこうとしていた。

 

そっと目蓋を閉じた瞬間、

 

「クラウス」

 

子供のような大人のような、不思議な響きをした声が聞こえた気がしたが、もう一度目蓋を開いてその姿を確認する気力はない。

 

声の主は、そんなことは気にせずに一人語り始める。

 

「親友の分まで生き抜いたお前に、神の生を与えよう。お前の親友が見てみたいと願った逆さまの世界を見つめて、神として今度は自分のために生きるんだ。いいね?」

 

うつらうつらとした意識の中、これは最期に見る夢なのだと思った。

 

声の主は、続ける。

 

「……、これは個人的な願いだけど。もしゲドウ神と出会ったら、そのときは…」

 

声が遠ざかる間際、仄かに薔薇の香りがした。

 

 

 

 

 

 

ゆっくり目蓋を開けると、自分を見下ろしている女の顔があった。

 

「おや、気が付きましたか」

 

その女はクラウスが目を覚ましたのを見ると笑いかけて

 

「動けますか?」

 

手を差し出す。

 

その手に掴まって身体を起こすと、辺りを見回した。

 

紫やピンクのカルーナが咲くどこかの丘のようだ。

 

その花に一瞬触れると、首を傾げる。

 

「私は死んだはず、なんだが…ここは天国なのかい?」

 

「残念ながらここは地上ですよ。死ぬ間際に、声が聞こえませんでしたか?」

 

そう言われ、記憶を辿ってみる。

 

「……そういえば、神として生きろと言われたような」

 

そこでクラウスは何かを思い出したようにはっとして、女を見上げた。

 

「あの、君の名前を窺ってもいいだろうか?」

 

女は少し迷うような素振を見せるも直ぐに口角を上げて名乗る。

 

「私は外道の神。ゲドウ神です。貴方は?」

 

『もしゲドウ神と出会ったら、そのときは友人になってあげてほしい』

 

あの声が言っていた、ゲドウ神とは彼女のことだろう。

 

「逆立ちの神だ。なのでサカダチ神、かな?」

 

クラウス――否、サカダチ神はゆるりと微笑んで右手を差し出した。

 

「こうして出会ったのも何かの縁だ。良ければ私と、友人になってくれるかい?」

 

「……、外道の神と友人になりたいなんて、面白い神ですね」

 

ふふ、と笑って、ゲドウ神は手を伸ばした。