■終章
70年後。
一人の老紳士が、愛する家族たちに見守られながら永い眠りにつこうとしていた。
そっと目蓋を閉じた瞬間、
「クラウス」
子供のような大人のような、不思議な響きをした声が聞こえた気がしたが、もう一度目蓋を開いてその姿を確認する気力はない。
声の主は、そんなことは気にせずに一人語り始める。
「親友の分まで生き抜いたお前に、神の生を与えよう。お前の親友が見てみたいと願った逆さまの世界を見つめて、神として今度は自分のために生きるんだ。いいね?」
うつらうつらとした意識の中、これは最期に見る夢なのだと思った。
声の主は、続ける。
「……、これは個人的な願いだけど。もしゲドウ神と出会ったら、そのときは…」
声が遠ざかる間際、仄かに薔薇の香りがした。
ゆっくり目蓋を開けると、自分を見下ろしている女の顔があった。
「おや、気が付きましたか」
その女はクラウスが目を覚ましたのを見ると笑いかけて
「動けますか?」
手を差し出す。
その手に掴まって身体を起こすと、辺りを見回した。
紫やピンクのカルーナが咲くどこかの丘のようだ。
その花に一瞬触れると、首を傾げる。
「私は死んだはず、なんだが…ここは天国なのかい?」
「残念ながらここは地上ですよ。死ぬ間際に、声が聞こえませんでしたか?」
そう言われ、記憶を辿ってみる。
「……そういえば、神として生きろと言われたような」
そこでクラウスは何かを思い出したようにはっとして、女を見上げた。
「あの、君の名前を窺ってもいいだろうか?」
女は少し迷うような素振を見せるも直ぐに口角を上げて名乗る。
「私は外道の神。ゲドウ神です。貴方は?」
『もしゲドウ神と出会ったら、そのときは友人になってあげてほしい』
あの声が言っていた、ゲドウ神とは彼女のことだろう。
「逆立ちの神だ。なのでサカダチ神、かな?」
クラウス――否、サカダチ神はゆるりと微笑んで右手を差し出した。
「こうして出会ったのも何かの縁だ。良ければ私と、友人になってくれるかい?」
「……、外道の神と友人になりたいなんて、面白い神ですね」
ふふ、と笑って、ゲドウ神は手を伸ばした。