■二章
テーオドルと一緒に夕食を食べてから数日経ったある日。
久々に休暇を貰ったクラウスは、テーオドルと羊の群れを眺めながら他愛のない話をしていた。
「テオ、あの雲」
「どれ?」
「ほら、山の上の。人の顔に見える」
「嗚呼、本当だね」
クスリと笑うと、テーオドルは真面目な顔で隣のクラウスを見た。
「あのさ。クラウスに、お願いがあるんだ」
「お願い…?なんだ?」
「ん……」
自分と違って仕事で忙しい彼に、こんなお願いをしてもいいものだろうか。
そう思うと、喉に言葉がつっかえて出てこない。
黙ってしまったテーオドルを不思議そうに見ると、
「親友なんだから、遠慮なんかしないでくれ」
軽く肩に手を置いて笑いかけた。
安心したようにテーオドルは頷くと、「クラウスは昔から運動が得意だろう?」と首を傾げる。
「んー…まぁ、そうだな」
「それでだ。僕に、逆立ちのやり方を教えてほしい」
「……は?逆立ち?」
てっきり駆けっこが早くなるコツでも教えてくれとか、そんなお願いかと思っていたクラウスは面食らったように言った。
「うん。ほら、たまに逆立ちして風景を眺めていると、新しい発見があって面白いって話してくれたことがあるだろう?」
「そんなこと言ったかな?まぁ、逆立ちなら俺が支えればどうにかなるか…」
逆立ちをテーオドルがするとなると、自分の身体を支える腕の力を鍛える必要がある。
しかし彼は激しい運動が出来ないため、鍛えることは出来ないだろう。
だけど自分が上に持ち上げるようにして支えれば、うまく出来るかもしれない。
クラウスが「いいよ」と言いかけたとき、テーオドルは「最終目標は、一人で出来るようになることだ」と続けた。
「うーん…一人で出来るようになるなら、腕の力をつけないといけないんだけど…」
「多少無理をしたって平気だよ」
「お前が平気でも、俺が心配なんだよ」
「わかってる。けど、僕もクラウスと同じ景色を見てみたいんだ」
「頼むよ」と手を合わせてお願いしてくる親友。
クラウスはどうしたものか、と暫し考えたが…
「はぁ…仕方ないな。練習するなら、おじさんとおばさんに許可を貰ってからな」
やれやれといった風に肩を竦めた。
夕方、二人はテーオドルの父親と母親に逆立ちの練習をすることを話すとあっさり了承してくれた。
少しは身体を動かした方が健康にいいだろうし、本人がやりたいことをやればいい、とのことだ。
こうして二人は、クラウスが仕事を終えてから数十分、毎日逆立ちの練習をすることになった。