「………。ふざけるな」

 

小さく、唸るように呟かれたその言葉はきっと、深夜の理性が切れた合図。

 

深夜は夜明を抱き上げソファーに寝かせると、彼等に背を向けてテーブルの上にあるペン立てからカッターを取り出しゆっくりと刃を出していった。

 

しっかりカッターを握り締めると、彼は口元を歪めて振り返る。

 

それを見た父親と母親は青ざめ、「やめと」と震える声で言うがもう遅い。

 

(御前たちは、この子を怒らせた。こういうタイプを怒らせると、大変なんですよねぇ)

 

「この子たちを守るためなら、僕は正しい人間であることを捨て外道になります」

 

「三人を傷つけるモノは、いらない」

 

(……、この子が外道になると言うなら。私はこの子に加護を与える義務がある、か)

 

私は深夜の肩にそっと手を乗せ、囁いた。

 

「――こんな虫螻共のために、御前が外道になる必要はない」

 

「今までよく頑張りましたね。ここから先は、本物の外道に任せなさい」

 

振り返った深夜の両目を掌で覆い、催眠魔法をかけた。

 

段々彼の身体から力が抜け、彼は意識が途絶える前に私に問いかけてきた。

 

『……僕の傍にずっといたのは、貴女ですか?』

 

(嗚呼、なんだ。気付いていたのか)

 

「そうですよ」と微笑むと、深夜の意識は完全に途切れ…その場に倒れ込んでしまう前に、憑依した。

 

 

 

 

 

「………」

 

持っていたカッターの刃を仕舞うと、にこりと笑ってみせる。

 

「なーんてね。僕が危ないことをするわけないじゃないですか」

 

テーブルの上にカッターを置くと、虫螻共はほっと胸を撫で下ろし「はは、それもそうだな。深夜に限ってなぁ」「そ、そうよね…だって深夜くんは良い子ですもの。もう、吃驚させないでちょうだい」と緊張を緩めた。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。でも…」

 

「ん?」

 

「……。僕を怒らせた、二人が悪いんですよ?」

 

二人を射抜くようにすっと目を細め、ソファーの下からボイスレコーダーを取り出して再生した。

 

音声は真昼がリビングに入ってきたところから流れ、虫螻共は何を思ったのか表情が見る見るうちに変わっていく。

 

やがて再生を終えたレコーダーは自動的に停止し、リビング内は静寂に包まれた。

 

言葉が出てこないのか、口をぱくぱくさせるだけの二人に言う。

 

「これだけじゃありませんよ。ここ数日間の会話も録音していますし、今日のことはビデオカメラにも収めています。これらを然るべき場所に持っていったら…一体お二人はどうなるんでしょうねぇ?」

 

「お、御前…親を脅す気か!?」

 

真っ青になりながらも気丈に振る舞おうとする男と、この世の終わりを宣告されたかのような表情で私を見つめる女に近付いて。

 

「脅すだなんて人聞きの悪い。…ただちょっと、僕のお願いを聞いてくださればこれらは処分してあげますが、どうします?」

 

(まぁ、処分などする気はさらさらないのですけれど)

 

そんなことを考えながら、意地の悪い笑みを浮かべて首を傾げた。

 

二人は唇を噛み締めると、その場に両膝をつき力なく項垂れる。

 

彼等を見下ろしながら、私は“お願い”を口にした。

 

 

 

 

 

一週間後。

 

父親と母親は、深夜が高校を卒業したのを見届けると親戚たちに「海外出張に出る。面倒を見てやってほしい」と告げ、霧谷家を出て行った。

 

 

***

 

 

「こうして、霧谷家に平和が訪れ、兄妹たちは新たな生活を始めたのでした」

 

そう言って紅茶を啜る私に、サカダチ神は訊ねた。

 

「成る程、それだけ色々あったなら、君が御茶会よりもこの家の住人を優先するのも頷ける。家にいるのは深夜くんと夜明くん、どっちなんだ?」

 

「深夜ですよ。体調が悪いのを朝から弟たちに隠していたので、あの子たちは外出してしまって。だから私が面倒を見てやろうと、御茶会を欠席したというわけです」

 

胸ポケットの懐中時計を開いて時刻を確認すると、結構な時間話していたことを知り

 

「少し、様子を見てきます。どうぞ、ごゆっくり」

 

神々に微笑み、私はリビングを後にした。