三章:ゲドウと外道

 

 

 

深夜が高校を卒業する一週間前の事。

 

日暮の部屋の天井付近でふわふわ漂いながら眠っていると

 

「…かみさま、起きてる?」

 

いつもより早くに目が覚めてしまったのだろうか、日暮が私を呼んだ。

 

昔からのクセで、僅かな物音や気配で目を覚ましてしまう私は直ぐに「起きていますよ」と答え、ベットの端に腰掛ける。

 

「どうしました?」

 

「んと…目が覚めて…二度寝、出来ない…」

 

「おやまぁ。無理に寝ようとすると、余計に眠れないものです。温かいミルクか紅茶でも飲んで、のんびりしてからもう一度横になってみては?」

 

私の提案に頷くと「そうする…かみさま、飲む…?」と、首を傾げた。

 

「いただきます。茶葉は何でもいいですよ」

 

「はーい…」

 

どこか楽しそうな日暮を見送ると、私はぼーっとしつつ彼女を待った。

 

 

 

 

 

ものの数分でトレーに二人分のティーカップを乗せて戻って来た日暮を出迎えると、他愛のない話をしながら紅茶を啜った。

 

「かみさま、いつも一緒の、あの人…何が好きかな?」

 

「リピート神のことですか?んー、かなりの甘党なので、甘い物ならなんでも好きだったと思いますが。彼がどうかしましたか?」

 

「んーん…赤毛のかみさま、かみさまが家にいないとき…相手してくれる…あと、頭撫でてくれるの…だから御礼、したいなって…」

 

「へぇ、あの子がねぇ…ふふ、では今度何か作ってあげてみては?きっと喜びますよ」

 

――朝早い時間帯だと思って、私は完全に油断していた。

 

「日暮?あんたさっきから何独り言言ってるの?」

 

彼女の背後の扉から室内を覗く人間がいることに気付けず、気付いた時には既に遅かった。

 

日暮の母親は表情を歪ませながら部屋に入ってくると、首を傾げる。

 

「……。御話、してた…そこに一人、いるの」

 

何を思ったのか、日暮は私が座っている場所に視線をやるとそう言った。

 

「日暮、そこは『なんでもない』って言って誤魔化しておけばいいんです。でないとまたこの女に嫌な思いさせられますよ」

 

今更言っても遅いのだが、次また繰り返さないためにそう教えておく。

 

母親は表情を強張らせ、次第に怒りが湧いてきたのかわなわなと震え…

 

「あんた…ゲームのしすぎで頭おかしくなったんじゃないの!?」

 

ヒステリックに叫んだ。

 

(耳障りな…)

 

耳の奥で不協和音が響き、頭が痛む。

 

彼女の叫び声で目が覚めたのだろう、直ぐに家の住人たちがぞろぞろと部屋の入口に集まり、何があったのかと二人を交互に見やった。

 

しかし日暮は彼等の姿が視界に入っていないのか、尚も母親に告げる。

 

「…嘘、じゃない。母さんには、見えないだけ…だから、疑われても仕方ないけど…」

 

「っ!まだ言うの!?」

 

今にも殴り掛かりそうな母親に、兄妹たちの父親はうんざりといった表情で「おい、何の騒ぎだ」と声を掛けた。

 

母親は日暮を見下ろしたまま

 

「それが…今日はお父さんのお弁当を作るからいつもより早起きしたのよ。そしたら、カップを二つ持って部屋に入っていく日暮を見掛けたもんだから、てっきりお兄ちゃんたちが起きてるのかと思ったんだけど、部屋には日暮しかいなくて」

 

「それで?」

 

「誰もいないのに、誰かがそこにいるみたいに独り言を言い出したのよ。この子、昔からそういう変なクセがあるから、気味が悪くて」

 

心の底から嫌そうに話した。

 

話を理解した深夜は機転を利かせて母親を部屋から出し、この騒ぎは何とか幕を閉じる。

 

 

***

 

 

この日の午後。

 

騒ぎの後、リピート神を家に残し隣町まで来ていた私はそこでの用を済ませ、昼間、のんびりと霧谷家に向かって飛んでいた。

 

「先輩!」

 

「ん?」

 

どこからかリピート神の声が聞こえ、空中で停止し辺りを見回す。

 

すると血相変えてこちらに飛んでくるリピート神の姿を捉えた。

 

「どうしました?」

 

またあの母親が何か喚いているのだろうか。

 

うんざりした表情で訊ねると、彼は「た、大変ッス!今すぐ家に戻ってきてください!」と私の腕を掴んで全速力で飛んだ。

 

「一体何が?」

 

「えっと…細かい説明はあとッス!」

 

彼がこんなに焦っているということは、私が考えている以上に事態は深刻なのかもしれない。

 

私は若干嫌な予感を感じながら霧谷家に戻った。