「刹那ちゃーん」

 

午後五時。

 

橘家長男――綾斗は、帰宅するとすぐに妹の姿を探した。

 

「あれ?ここにもいない…」

 

この時間帯、いつもなら気怠そうにリビングのソファーの上でごろごろしている妹の刹那がどこにもいない。

 

不思議に思い、刹那の携帯に電話を掛けてみると。

 

「……家の中にはいるみたい?」

 

微かに着信音が家の中から聞こえ、耳を澄ませながら音がする方へ歩いていく。

 

音はどんどん大きくなり、脱衣所に辿り着いた。

 

「刹那ちゃん、いる?」

 

呼びかけながら脱衣所に入っていくと、棚の上に置かれた、鳴りやんだ刹那の携帯ときちんと畳まれた制服が視界に入り、綾斗は一気に青ざめた。

 

妹の刹那にはアクアフィリアという特殊嗜好がある。

 

そのことを知っている綾斗は、自分にも特殊嗜好があるので肯定的ではあるものの、大切な妹にもしものことがあっては困るので

 

水没するなら出来る限り自分が近くにいるときにしてもらいたいと思っている。

 

「まさか一人で水没…せ、刹那ちゃん入るよ!」

 

返答を待たずに風呂場に突入すると予想通り……水着を着て浴槽の底で漂っている刹那がいた。

 

 

***

 

 

「もう!お兄ちゃんがいないときは水没しちゃ駄目っていつも言ってるでしょ!」

 

「…ゴールデンタイムだったもので」

 

意識が飛びかけていた妹を急いで引き上げ着替えさせると、綾斗は髪を乾かしてやりながらお説教をする。

 

「ゴールデンタイムなんてありません」

 

「あるよ、季節にもよるんだけど午後四時過ぎから午後五時過ぎの間、夕日が差し込んで水中からそれを眺めるとすごく綺麗なんだ」

 

「それで?」

 

「兄さんが帰ってくるのを待っていたらゴールデンタイム終わっちゃうでしょ」

 

だから自分は悪くない、と目で主張する妹。

 

そんな彼女も可愛いとデレそうになるのをぐっと堪え、お説教を続けようとすると

 

「夕食、兄さんが好きなハンバーグだよ。だから機嫌直して、一緒に食べよう」

 

こうなることは想定内だったのだろう、刹那は先手を打っていたようで。

 

自分の好物を作ってくれていたことを知ると、一気にお説教する気が失せてしまった綾斗は上機嫌で髪を乾かすことに集中した。

 

「…ちょろい」

 

鼻歌を歌いながら自分の髪を乾かす兄をちらりと見て、刹那はぼそりと呟いた。