バイトを終え、浩介はアパートへと戻った。だが今日は、部屋が妙に殺風景に見えた。
明里の声が無性に聞きたくなった。
"もしもーし"
いつもと変わらない、明里の声。だけど声を聞くのは1ヶ月ぶりだった。
『どう、そっちは』
"うーんとね、♪毎日がスペッシャールって感じ!"
『なんだそりゃ』
"すごく刺激的だよ。わたしみたいに女優さんを目指してる子もいれば、映像の監督とかそういうのを目指してる人もいるし。みんながそれぞれの目標や夢を持って勉強してる。浩介は?"
『毎日勉強してる。頭が痛くなる。だからかな、LINEでやりとりしてるけど、たまにお前の声がすごく聞きたくなる』
"ふふ……わたしも。大学生活はどう?"
『なんとかやれてるよ。大学の友達もいい奴らだし、たまにゆっかーや飛鳥さんにも会う』
"……………"
なぜか、明里は無言になってしまった。
『………おい、明里?もしもーし?』
"………なんかあったら、すぐ別れるからね"
『………はあ?』
"ちょっとでも変なことしたら、わたし、絶対に許さないからね"
『お前………なに言って、』
"だって、浩介、モテるんだもん。わたし知ってるんだからね、わたしが浩介に初めてキスした次の日に、愛萌からキスされたこと"
『えっ⁉︎お前、どうしてそれ、』
"愛萌から聞いたの。というか、愛萌の方から言ってきたの。親友に嘘はつきたくないから、って………"
『愛萌のやつ………』
彼女らしいといえばらしい。だが、いくら親友であるとはいえそんなことをしていたなんて、浩介にとってはまさに寝耳に水だった。
"と、に、か、く!変なことしたら許さないからね!"
『………へえ。じゃあ、お前が他の男に目移りしたら、俺だって許さないからな』
ちょっと意地悪な返事をした。
"えっ⁉︎"
『え、じゃねーよ。お前がそう言ったんだろ。お前がそうするんなら俺だってそうする』
"待って、ごめんなさい。それはやめて"
『なんなんだよもう………』
"浩介、ごめん。お願いだからそんなこと言わないで……"
『あー………もういいよ、ごめん。なんかさ………最近疲れててさ』
"えっ?"
『正直、授業めっちゃ難しくてさ………俺、ほとんど置いてけぼりにされてるんだ。学校が終わって、図書館で勉強して、バイトがある日はバイトして、クタクタになって帰ってきてからも勉強して、の繰り返しでさ。正直楽しくないんだ』
"浩介………"
『なんでかな………まだ2ヶ月くらいなのに、もう高校生の時に戻りたい。大学って、もうちょっと楽しいのを想像してたのにさ………』
"…………"
『本当は、毎日でもお前に会いたい。なのにあんなこと言っちゃって、ごめん』
"ううん。わたしの方こそごめんなさい。わたしも、浩介に会いたい………"
明里は、いつもにこにこしてる。付き合うようになっても、明里の怒っているところなんて見たことがなかった。でも、ずっと楽しい、でいられるはずはなくて。きっと、心の中にそういうのを溜め込んでしまうんだろう。浩介が愛萌にキスされた、というのを聞いた時も。芽実から、浩介が祐希と一緒にいたというのを聞かされた時も。きっと明里は、誰にも相談することもできなくて、自分自身でずっと悩んでいたんだろう。
こんなことに気がついてあげられなかった。俺ってば、最低だ………。浩介は激しく自分を責めた。
『…………明里、週末、空いてるか?』
"へっ?"
『どっか出かけないか?』
"浩介は?バイトとか大丈夫なの?"
『今週はどっちも休みにしてる。まあ、言っちゃえばズル休みだけどさ』
"うふふ………なにそれ"
『どう?』
"うん、いいよ。久しぶりに、浩介に会えるんだね"
『俺もだよ。久しぶりに、明里に会える』
"じゃあさ、お互いに行きたいところ考えておかない?わたしと浩介で、今一番行きたいところピックアップしておいてさ"
『おお、いいねそれ』
"よし!じゃあまた後で連絡するね!"
『オッケー』