「肥前鳥居」を求めて
佐賀県佐賀市にある
『與賀神社』(与賀神社)へ。
目の前にあるのは三の鳥居で
私の求める「肥前鳥居」
しかも唯一、国の重要文化財!
慶長八年(1603年)の銘。
額には「佐賀荘正一位與止日女大明神」
与賀神社の案内によれば
藩祖鍋島直茂公夫妻による建立で、直茂公の朝鮮出兵の帰還を祝い寄進されたものだとか。
その他、石橋・楼門共に国の重文。
楼門は県内で最も古いとされてます。
まずは挨拶しなきゃでしょ!
主祭神は与止日女神(豊玉姫命)
欽明天皇二十五年(564年)に勅願造立され、鎌倉時代は「与賀庄鎮宇宮」で建暦二年(1212年)北条義時が社殿を再興、寛元三年(1245年)執権北条経時が勅により祭祀の礼式を定めたと伝えられているとか~
説明読んでも私にゃサッパリ。
境内には大きなクスノキや
十日恵比須祭で知られる
『恵比須神社』もありますよ。
恵比須巡りで来た時
もサッパリお馬鹿な私だったけど、今も何ら変わってないなぁ。
さてさてと、
最初に紹介した与賀神社の肥前鳥居は三の鳥居。
ということは、二の鳥居、一の鳥居があるということ。
八丁馬場と呼ばれる参道を歩いて行くと、ウチの親が好きな鶴屋と学校近くに例のブツがありましたよ。
大きな二の鳥居、肥前鳥居が!
(慶長九年1604年築造)
しかもナゼか貫無しで!!
鉄骨がある様子からして、交通の妨げになるから外されたのか、それとも崩れたのか?
貫を組む穴があるから当初は貫ありだったと思われます。
残るは最後にして最初の一の鳥居はどこにあるのか?
(知ってるのに今さらですが)
結構な距離を歩いて進んで~。
ありました。一の鳥居!
これまたデカイっすわ~。
(寛永十七年1640年築造)
与賀神社下宮跡と記した柱の近くにある肥前鳥居。
場所の移動、人や車の往来、雨風、逆風に吹かれ傷つきながらも
長い年月を立派にふんばっていましたよ。
しかし、これだけ神社から離れていたらこれが与賀神社の一の鳥居って気付かないですよね。
いちおう巡る時には参道の先に鳥居があるか確認をするのですが、
元々鳥居があることを知らなかったらきっとここまでは歩いて来てなかったと思います。















