お菓子の神様を祀る神社がある?
それを聞いて早速この目で確かめるべくお菓子の神様を祀る神社に行ってきました。
場所は佐賀県伊万里にある『伊萬里神社』
この神社の境内に例の神社があるそうなんですよ。
しかし、お菓子の神様って何?
そんな思いを抱きながら進んで行くと見えてきました。
伊萬里神社本殿隣にあるお菓子神社『中嶋神社』です。
お菓子の神様といわれる「田道間守」を祀っております。
あ!その隣には私の好きな恵比須を祀る『西宮神社』が。
でも、何でこの場所にお菓子神社があるんでしょうかね?
長崎街道が別名「シュガーロード」と呼ばれるくらいお菓子と深い関わりがあるから?
ちょいと階段のぼった先には森永太一郎氏の像もありましたよ。
「森永太一郎」といえば伊万里出身の森永製菓創業者。
同じく佐賀出身の江崎グリコの江崎利一氏と並ぶ御菓子の大物ですよ。
やっぱり像があるのもお菓子神社がここにあるからですかね~?
あ、説明が書いてるぞ?何々~?
その昔、垂仁天皇の命を受けた菓祖・田道間守(たじまもり)は、大陸から非時香果の実(ときじくのかぐのこのみ)を伊万里に持ち帰り最初に植えたそうです(和歌山県の説もありそちらが濃厚)
その実は「橘」の木の実のことで、みかんの原生種といわれ、中嶋神社には今でも橘の木が植えられているそうです。
ちなみに日本では木の実や草の実を古くから総称してくだものと呼び、それを菓子(果子)の字にあてたということです。
こうして伊万里は菓子発祥の地と呼ばれるようになったとか~‥。
「田道間守」をもうちょい調べてみると、古事記では多遅麻毛理、日本書紀では田道間守と表記されとります。
垂仁天皇の命で不老長寿の薬を求め新羅に渡り10年後に日本へさっきの実を持ち帰ったそうです。
しかし天皇はすでに亡くなっていて悲しみのあまり泣き叫びながら田道間守も亡くなったそうですよ。
さらに調べたら田道間守の子孫が祖神として祀ったのが神社の始まりで。
「中嶋」という社名は田道間守の墓が垂仁天皇陵の池の中に島のように浮かんでいるからということでついたみたいです。
どうもお菓子神社は全国にあるようで、兵庫県の中嶋神社が本社のようです。
ちなみに私が今回来た佐賀県伊万里は田道間守が新羅の国から帰国した際に上陸した地と伝えられとるそうです。
なるほどね。知れば知るほどだわ。
いつか兵庫県の中嶋神社にも行ってみなきゃだな!