私は本来泣き虫だ。
今振り返れば、それは言葉を知らない私の唯一の伝達手段だったのだと思う。
何かあればすぐ泣いていた。…今も、か。

幼い頃、よく弟と喧嘩して都合が悪くなると泣いていた。
弟にそれを指摘され悔しく思う反面、確かにそうだよなと思い以後出来るだけ泣くのを堪えた。


うまく言葉に出来ず涙ばかりあふれ、随分不器用な自分だと思う。

泣けば優しく慰めてくれる人たちもいた。
それはもちろん嬉しいことなんだけれど、一方で自分の悪いところも自覚していたりするから、素直に慰めを受け取ることもできずせっかく慰めてくれた人たちに対して申し訳ない態度をとってしまっていたかもしれない。

精神科に根気よく通い続けカウンセリングも受けるようになり、色々な自分に気づき教えてもらい今も対話し続けている。

そうしてようやく、発作的に恥ずかしいほど泣き叫ぶことはあまりなくなってきている。

泣いても泣いても一向に強くなった気がしないのは、泣きかたにも上手い下手があるのかもしれないと思いはじめた。

だとすれば間違いなく自分は後者だ。
そしてこれからも下手な涙を流し続けるのかもしれない。

教訓
→何事も経験、そして練習あるのみです。