時をかける少年9
時をかける少年9〔少年1〕 少年は毎日、何時間もかけて山を登っていた。頂上から見下ろすと少年の住んでいる町がすべてわかった。こんな小さいところに僕は住んでいるんだ。そして、まだまだ高い山があり、僕の存在は?とても、ちっぽけのようだが、心は限りなく広いのかな?それなら宇宙はどうだ?少年の好奇心は果てしなく広がってゆく。今、何かが始まろうとしていた。〔少年2〕 少年は成功したいと思った。でも成功って何なんだ。失敗って何なんだ。それぞれ人によって成功の内容は違うだろう。共通の成功ってあるのかな?偉そげに言うと人それぞれの価値観による。それなら、なんとなくわかる。人によっては健康が一番だ。人によってはお金だ。人によっては、地位、名誉、ノーベル賞、グラミー賞、アカデミー賞などを得ることなど様々だ。でも、成功への道程は、どの道でも遠い。失敗の積み重ねで成功を勝ち取るのだ。また、失敗続きで最後まで失敗という話もよく聞く。いや、その方が多いかも。少年は思った。とりあえず、簡単な目標から目指してゆこう。道は長い。いずれは、人生とは?という問いにぶつかるかもしれないが、今は今だ。徐々にゆっくりとしたペースで簡単な目標に向かって歩いてゆこう。〔少年3〕 少年はハアハアと息をきらして走っていた。門限に遅れそうだ。なんて長い信号機なのだろう。門限は家族会議で決めた。厳粛な決まりごとだ。家族会議で、すべてのことが決められていた。一ヶ月のお小遣いも、一日の勉強時間も、今焦っている門限も。しかし、もう、とっくに門限は過ぎていた。少年の顔が青くなる。信号機の先に、父親が立っている。いきなりガツンと顔を殴られた。少年はボロボロと涙を流しながら、父親と二人でとぼとぼと家に帰ってゆく。なんで門限なんてあるんだ。なんで家族会議なんてあるんだ。しかし、我が家は我が家。父親の給料で生活している。少年は、ひたすら大きくなりたかった。〔少年4〕 少年はいつも一人でいた。自分の部屋で遊んでいた。両親は心配し、彼の姉に外に連れ出すように頼んだ。けれど、中々、少年は外に出ず、自分の内なる世界で遊んでいた。それはとても狭い世界なのか、それともとても広い世界なのか、少年にはわからなかった。 やがて、少年は青年になり、外の世界に興味を持った。次第にラグビーに夢中になってゆく。体と体の激しいぶつかりあい、それがたまらなく好きだった。毎晩、風呂場の浴槽につかり、ノーサイドという歌を口ずさみ、そして疲れて自分のベッドで爆睡した。けれど、幼い頃の少年の内なる世界は決して忘れていなかった。淋しいけれど、結局、人は一人きり。多くの仲間に囲まれながらも青年はいつも思うのであった。〔少年5〕 少年はテニスの全国選抜に選ばれた。少年は練習で仲間とプレーしていて、愕然とした。今まで同じ年なら自分が一番上手いと思っていた。僕より遥かに上手い奴らがいる。日本は広い。世界は広い。少年は生まれて初めて挫折を味わった。〔少年6〕 少年は、いつも逃げていた。嫌なことがあったら逃げていた。立ち向かうことをしなかった。何かあったら親が後始末してくれる。少年は責任から逃げていた。やがて、少年は青年になる。父親が急死した。母親は急に元気をなくした。これから一体どうしたらいいのだろうか?青年は少しずつ前向きに積極的になっていった。彼は、まだ大学生。彼女とドライブしたり、母親を旅行で温泉に連れて行ったり。夜空の星が囁いた。「ほんの少し変わったかな?」〔少年7〕 少年は夏休みの宿題に追われている。昨日、優等生にノートを借りた。ひたすら、少年は、そのノートを写す。時々、わざと違う答えを書く。「僕、優等生じゃないもんな」優等生には優等生の夢があるのだろう。少年は、自分の夢を考える。まだ、はっきりとわからないが、いつまでも信じるままの自分自身でありたいと思った。〔少年8〕 少年はワールドカップの試合を見て、心から湧き上がる感動をした。そして、自分も全日本代表として世界のひのき舞台に立つことを夢見る。時は遥かに流れてゆく。やがて、少年は、青年になり現実に汗まみれ泥まみれになって、日本代表の座を掴み取り、ワールドカップ決勝トーナメントの試合にMFとしてフル出場していた。もう自分の体力の限界を超えて苦しいが嬉しい、嬉しいが苦しい。この試合に勝てばベスト8だ。信じられないが、その試合の中のメンバーの一員なのだ。日本代表チームのレギュラーメンバーなのだ。ずっと自分を信じ続けてよかった。もう一頑張りだ。勝ち抜き戦。ワールドカップ決勝トーナメント。負ければ終わりだが、奇跡が起これば優勝の可能性もありえるのだ。奇跡という言葉はその可能性があるから存在するのだ。それに実力でここまで勝ち上がってきた。青年の一秒が一分に、一分が十分に、十分が何十分へとどこまでも延々と輝き続ける。振り返らない、振り返らない。いつも遠くを見つめてきた。昔、少年だった青年は、ひたすら走り続ける。ひたすらサッカーボールを追い続ける。〔少年9〕 少年は求めていた。他の子供達と違う「何か」を。自分は「特別」だと思いたかった。いや、確かに自分は他の子供達と違うのだ。だから、こんなに、のんびりと時を過す暇などないのだ。僕は「特別」なのだから。その為には、どうしたらいいのだろう。自分の道を歩むには。のんびりしていたら自分の才能が花開く前にどんどんと年をとってしまう。扉を開かなければ。少年は、青年になる。でも、まだ、平凡な日々を送っている。そして、とびきりの彼女にあっさりフラレてしまう。そんなバカな。僕は「特別な人」なんだぞ。あァ、青年は、何をしても続かない。自暴自棄に陥ってゆく。ある日、そんな彼を、優しく包む女性が現れた。青年は心を癒される。やがて、二人は結婚し、青年は男の子と女の子の父親となる。彼は、別の「何か特別のもの」を背負ったようだ。ちょっと苦しいけれど、生きがいを少しずつ感じ始めた。彼は、昔の「特別」という言葉を忘れ、がむしゃらに働いた。家族で生活してゆかねばならない。妻は彼にとって、キラリと光る不思議な存在だった。まるで、彼のすべてを知っているようだ。彼女も働きに出て、遅くに帰ってくる。子供達も大きくなる。そんな毎日が続く。彼が四十歳を過ぎた頃、物思いにふけりながら、ある日、一人で夜空を見つめていた。別に流れ星を探していたわけじゃない。あの星の光は遥か彼方で爆発した恒星のものなのだ。死んでからなお光となって生き続けるか。凄いことだな。宇宙は果てしなく限りなく広く、幼い頃の自分を蘇らす。あァ、「特別な人」でなくて良かった。あァ、「普通の人」で良かった。これですべて良かったのだ、と彼は実感した。「普通の人」こそ幸せなのだ。よくわからないが、もしかしたら、ある意味において、「特別な人」は不幸なのかもしれない。そして、〔少年9〕は、深い深い夢を見た。あれは、現実だったのだろうか? 幻だったのだろうか? そんな不思議なディープなディープな夢を見た。その中で、俺は、特別な人ではなく、悩み葛藤し、懸命に生きるごく普通の人であった。俺は今、長い夢の中にいた。まだ正式な教師になっていないが、教育実習で母校に行き生徒達に歴史の授業を教えていた。 だけど教えている俺自身、大学では何も学ばなかった。いや、学ぶ努力をしなかった。 ただ日々、バイトに明け暮れていた。彼女もできたが、すぐに別れた。 使い捨てだ。もちろん、俺が捨てられたのだ。 泣きたいくらいに惨めだった。そんなサッドな日々の繰り返しだった。 いくら待っても何も起こらない、変わらない。変わらない毎日・・・・・・・・・。 大学生活はアッという間だった。わからないまま何かを求めていた。惰性でこれまでやってきた。カッコウだけの男であった。 いつも軽い気持ちで、人生という名の空に寝転んでいただけで、そんなことでは何かしら答えが見つかるはずもなかった。 何もしないで季節は巡っても、いくら経っても春はやって来ない。当たり前の話だ。こんな俺が教師になって良いのか疑問を感じた。高校三年の生徒達と同様に俺の心は激しく揺れていた。教育実習の日の朝は、頭の中が真っ白だ。一体、何を教えられるのだろうか。人生か?とんでもない!まったく自信がなかった。不安でいっぱいだ。俺自身がこの世の真実を知りたかった。一体、俺は何をしなければならないのか。教育実習では生徒達は実につまらなそうにしている。別に大騒ぎをして、授業の邪魔をする訳でもないが、早くすることだけして、チャイムが鳴ったら出て行ってくれ、そんな気持ちが伝わってくる。お互いに理解できそうにない。子供は大人になれないし、大人は子供に戻れない。そう思いつつ黒板にチョークをたてる。しかし、俺は大人なのか?子供でも大人でもないとすれば、俺は一体何人だ。丁か半かで言えば、半端ものの半だ。そういえば昔、俺はこの教室の窓から外をずっと見つめていた頃があった。心に何も写らず、どうしていいのかわからず、目標なんか進学してから決めればいいなんて甘えて逃げていたのさ。その延長上に今の俺がある。だから俺は今も迷っているんだ。あの時逃げなければ。しっかりと自分を見据えていれば・・・・・・・・・・・・。自業自得のお先真っ暗だ。俺の出口はどこにある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ふと、なぜか中学生の思い出の1コマがよみがえってきた。 あれは俺が中学三年の時。 朝の登校中だが、どうも雲行きが怪しい。 今にも雨が降りそうだ。 先の踏切で静香が、列車の通過を待っている。静香とは、保育園、小学校がいっしょで、今は特別支援学級というクラスにいた。 思った通り雷が鳴り、雨がザーザーと降り始めた。 静香は傘を忘れたらしくオロオロし、どうしてよいのかわからない様子だ。そこへ、同級生の明が現れて、すばやく静香に傘を差し出した。 歩き出すと相合傘みたいな感じがした。 二人は、ごく自然にゆっくりと学校に向かって行く。 おそらく無言で。 俺は何だか驚いた。 今までの明のイメージが崩れた。 学校に近づくにつれ、学生達が増え、二人を冷やかす者達がいたが、明はまったく動じなかった。 そして、二人は学校に着いた。 明は静香を濡れないように校舎まで連れて行き、そして、別れて自分のクラスに戻った。さいわいに昼には、雨が上がり帰りは晴れになった。 帰りながら俺は、今までの明のことを思った。 明の心の中に明がもう一人いる。 そんな感じがして、なんだか嬉しかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中学三年の頃。 なぜか、遠いあの日のことが思い出された。俺の心強い教訓、なにかしらの答えが、かすかに見えたように思われた。そう、中学三年で明はしっかりとした、ゆるぎない自分を持っていた。 負けられない! だが完璧に負けていた。 俺はいつもそうだった。 右に行ったり、左に行ったり、いつも心が揺れていた。俺に必要なものは、あの時の明の『しっかりとした、ゆるぎない自分』だ。 自分を変えようと思えば変えられる。 毎日努力すればいい。 言葉で言えば何でも簡単だよな。 でも本当に自分を変えようと思うならば、毎日血の出るような努力が必要だ。今、静香や明は一体何をしているのだろうか?『今』という『この瞬間』は二度とない。 俺は『今』から目をそらしてはいけないのだ。 いくら待っても何も起こらない、変わらないのだ。 何かをしなければ。目的に向かって、動かなければ。 そろそろ、俺も行動を起こさなくてはいけないな。 身体が熱く燃えてきた。 俺は再び、目の前の教育実習での生徒達のことを思った。だんだんコイツら(生徒達)に親近感を覚えつつ何かがオーバーラップした。教師と生徒・お互いの立場・価値観の違い等。もうすぐ教師になる俺は今、一体何をすればいいんだ・・・・・・・・・・。俺はもう、わかっている。十分にわかっているはずだ。チャイムが鳴り響き、急に生き生きと本音を喋り出す生徒達。色んな声が聞こえてくる。鮮やかな夏の夜の花火のような生徒達。そして、その鮮やかな花火は、夏の夜の花火ように一瞬では終わらない。それは、生き生きと胸に熱く永遠にときめききらめく。夢から覚め、俺は布団から出て独り言。「わかりあえないはずがない」 生徒達に教えられたような気がする。俺も輝かなければいけないな。