「どうかな?」真が聞いた
アヤはゆっくりと立ち上がり押入れから箱を取り出して来た。その中には数え切れないほどの紙が詰め込まれていた。その無数の紙の殆どには“アヤの詩が読みたい”または“スクール・エイジを聴け”と書かれてあった。
「真・・これ覚えてるでしょ・・」とアヤは呟いた
アヤは中二の時、クラスの女生徒からイジメを受けていた。理由はわからなかったが、陰湿な嫌がらせが続き、毎日学校へ行くのがつらかった。しかし歯を食いしばって登校していた。真にイジメのことを打ち明けようと考えていた矢先、父親が交通事故で、突然亡くなった。イジメと父親の死という事態によって、アヤは精神的に参ってしまい学校へ行けなくなった。ひきこもりの日々が続いた。眠れぬ夜も続いた。真は毎日のようにアヤの家に会いに来てくれていたが、アヤは部屋に閉じこもったままだった。部屋から出て来ないアヤに真はノートから紙を一枚破り“アヤの詩が読みたい”と書いてはアヤの部屋のドアの下に差し込んでは帰って行った。そんな日々が半年ほど過ぎた頃。ある日、真がドア下に紙を差し込む前に、ドアの前に紙が置かれていた。それには“何も浮かばない。どうしていいかわからない”とアヤの字で書かれてあった。真はノートから紙を一枚破って“FMラジオでスクール・エイジを聴け”と書いてドアの下に差し込んだ。『スクール・エイジ』とは学生向きのラジオ番組で、女性DJが若者の悩みを親身に聞いて、励ましアドバイスする番組だった。さらに真はもう一枚紙を破り、番組の時間帯などの詳細を書いてドアの下に差し込んだ。そのときから、真の紙に書く言葉が“アヤの詩が読みたい”から“スクール・エイジを聴け”に変わった。しばらくして、アヤは『スクール・エイジ』を聴き始めた。全国にはアヤと同じように理由もなくイジメにあっっている女生徒がたくさんいた。わけのわからないイタズラを急にされ始め、回りから、からかわれ面白がられる学生。「汚い、お前なんか死んでしまえ」と毎日、罵声を浴びせられる学生。それがきっかけで学校を休み始め、親にも誰にも原因を語ることができず、悩み苦しんで家にずっとこもる学生。『スクール・エイジ』は、そんな若者にアドバイスし、なんとか元気づけようとしていた。ずっと『スクール・エイジ』を聴くことにより、アヤの心に変化が起き始めた。悩んでいるのは私だけじゃない。それに私には真がいる。お母さんがいる。そして、アヤはドアの前に一枚の紙を置いた。“明日から学校へ行こうと思います。話しがしたい、部屋に入ってきて」次の日、真はその紙を見てドアを勢いよく押した。アヤはイジメられていたこと。それから、お父さんが死んだ時の深い悲しみを真に伝えた。また、『スクール・エイジ』を聴き、全国のたくさんの同じように悩んでいる自分の分身達の存在を知ったこと。同じように眠れぬ夜を過している人がいる。何かが恐くておびえて外に出れない人がいる。私達は何も悪くないのに、何ひとつ悪くないのに、なぜ苦しい思いをして学校を休まなければならないのか。おかしい、矛盾している。だから堂々と胸をはって生きてゆこうと思うようになったと真に語った。真は笑顔で「よかった」と涙を流して喜んだ。次の日、アヤは久しぶりに登校した。はじめの一週間は、やはりつらかった。だけど、もうイジメに遭うことはなかった。真がイジメをしていた女生徒達にくだらないことはやめろと話をつけていた。それから、だんだんと少しずつ少しずつ薄皮をはがすように元の明るいアヤに戻っていった。ゆっくりと流れるように時が過ぎて行った。アヤは自信を取り戻した。自然と真とも以前のようにお題のやり取りを再開した。とても長いトンネルであった。この経験が今のアヤの強さなのだ。

真が話しだした
「俺は中二のあの頃、ホント言うともうダメかと思ってたんだ、だけど俺がアヤを信じないで、アヤのことを救えるのかって思ってた。あの頃、実は俺も悩んでいたんだ・・アヤが悩んでいただけじゃない・・昔の明るいアヤが二度と戻らなかったら俺はどうしたらいいのかって、わがままで自分のことしか考えない傲慢な俺だった、俺には親友なんていなかった。アヤただひとりしか・・・友達はいたけど、だけど親友はアヤひとりだけだったんだ。いつもアヤの前では偉そうなことを言っているけど俺はいつもアヤに助けられていたんだ。アヤの無邪気なその笑顔が俺の心をいつも癒してくれてたんだ。あまのじゃくな俺だけど、これからも、よろしく頼む・・」
アヤは一言「ありがとう」と言った。
しばらく静かな時が流れた、そして「実はさ」と真が切り出した。
「ん、なぁに?」アヤは聞いた。
すると真は
「実は、もう一個書いてるんだ、アヤとシンの物語をね!」と言った

〔パーム王国から来た青年〕 杉山 真

南国パーム王国から、なぜシンは日本に来たのか?それは、同じ年のアヤが以前、日本で数年暮らしていて、帰国後、マラソンランナーの優秀な女子選手を、目の当たりにしたと、しきりに彼に熱弁したためである。その話の影響を受けたのだ。シンは二十二歳で陸上をやっていた。と言っても、どこかに所属している訳でもなく、ただ時間があったら走っていた。小さい頃から、いつも走っていた。もう、走るのが日課になっていた。夢は大きくオリンピック選手だ。さらに言えば、世界一の金メダルを首にかけたい。シンの職業は郵便屋さんだ。もちろん、走って郵便物を届けていた。雨の日も、風の日も。たとえ、重たい荷物がある時でも。シンは町一番の力持ちでもあった。シンは思った。アヤの話からすると、そんなに優秀な女子の陸上選手がいるなら、当然男子選手もいるに違いない。シンは日本に行こうと思った。日本の選手と切磋琢磨して、今まで以上に速くなり、夢に一歩でも近づきたい。
「でも、何のコネもなく日本に行っても、どうにもならないわよ」とアヤは言う。
「それはそうだけれど、陸上王国、日本にいるだけで何かが始まるような気がするんだ」とシンは自分の正直な気持ちを言った。
「毎日、毎日、生活費を稼ぐだけで、身体がボロボロになるわよ」アヤは心配する。「俺は町一番の力持ち。少々のことじゃ、根を上げない。日本に行ったら、きっと何かに気づくと思うんだ」シンは答える。
「そんなに言うんなら、もう止めないわ。あーあ、陸上の話なんかするんじゃなかったな」
  ☆   ☆   ☆   ☆
狭いアパートで、シンは洗濯をしていた。毎日の日課である。日本に来てからシンは忙しく働いていた。 何もかも一人で全部しなければならない。日給の肉体労働は続く。アパートに帰ったらもうグッたりで、走る元気もない。やっぱりアヤの言う通りだった。『今、帰る訳にはいかない』シンにもアヤに対して男の意地というものがあった。どうせアヤもすぐに帰ってくると思っているに違いない。だからこそ、今帰る訳にはいかない。食費は高い。友達もいない。何一ついいことはない。南国パーム王国生まれのシンが日本に来て半年が過ぎた。季節はもう冬だ。ある夜、寒さで震えながら歩いていると空から白いものがパラパラと降りてきた。いつかアヤから聞いていた。もしかすると、これがそうなのか、間違いない「雪だ!」シンは生まれて初めて雪を見た。なにせ南国育ちである。噂には聞いていたが、雪だ、雪だ!とシンは子供のようにはしゃいだ。これが、たくさん積もると子供達は丸い玉を作って投げ合ったり、丸い人の形をした雪だるまというものを作ったりする、と彼女は言っていた。あァ、ひんやりとなんて心地よいのだ。手のひらに積もる雪。シンはハッとした、きれいだ。アヤの美しく可憐な顔を思い出した。しばらく、じっと手のひらの雪を見ていると、溶けて消えてしまった。なんて、はかないんだ。その瞬間、シンは日本を旅立つことを決心した。降りしきる十二月の雪とともに。そう、一番大切なものに、今、気づいたのだ。
FIN

「素敵な物語ね・・・・実はね・・・・」と今度はアヤが切り出した
「アレっ、今度はアヤが、実はねか・・・・あはは・・・で、なんだい?」
「実はアタシも書いて来たんだ・・・でも、詩っていえるのかな・・・・」

〔素直な気持ち〕 林 アヤ 

最近 溜息が多くて 
ただ 楽しいことに気づいてないだけ 
仕方ない 鏡を見ても 魔法使いにはなれないし 
私は私 マイペース
いい人って言うのは 自分の都合のいい人で 
悪い人って言うのは 自分の都合の悪い人で
いつも基準は「じ・ぶ・ん」
何が上かは わからないけれど 
私には下が見える 「に・ん・げ・ん」
落ちようと思えば いくらでも落ちて行く

時々、不意に フッと淋しくなる 
だけど、その日によって ご飯を食べているだけで
とても、幸せな気持ちになる 
どっちが本当か? どっちも本当だよね
みんな色々なことを考え生きている 
一期一会ってよく言うけれど
ホント凄いことだよ 
あなたに会えてよかった きっと、そんな人がたくさんいます

相手が誰であっても 素直に「ありがとう」 と感謝すればいい
相手が誰であっても 素直に「ごめんなさい」 と謝ればいい
泣きたい時に泣けない人にならないように

もう二度と 帰って来ないもの 探せば、いくらでもある
今の輝きは誰にも今しかないんだよね

笑ったり泣いたり 生まれたり死なれたり そんな繰り返しの中で
なぜか私は「何か」をこの世に残したくなる 
なぜか私は「真の愛」をこの世に残したくなる

『杉山真という男性』
私は、あなたを離さない 両手で、しっかりと抱きしめて
なぜなら、あなたを愛しているから 他の誰にも奪われたくないのです
あなたは、命ある限り、愛してくれますか 
わたしは わたしは 
お腹に宿った あなたの子供を 産みます

「ああ、アヤ、俺は・・俺は・・・太陽になってみせるよ・・・・」

☆   ☆   ☆   ☆

真とアヤは、大学二年を終えた時点で大学をやめ、結婚した。
結婚式は、小さな教会で、お互いの母親と自分達の四人だけで挙げた。
笹木教授を通じて企業に売り込んだシンレンサーは、瞬く間に多分野において利用されるようになった。
真は、大学を定年退職した笹木教授を顧問としてむかえ、会社を設立した。
蝉の声が聞こえる頃になると、シンレンサーは莫大な利益を生むようになった。
丁度その頃、真の病気は、前頭側頭型認知症のピック病と呼ばれるものであることが判明した。