「そうだ、今日ね病院の先生が言ってたんだけどさ、アタシ達がやってるお題のやりとりがあるでしょ、それがね真のリハビリにもつながってるんじゃないかって言ってたんだ。だからさこれからもずっと続けていこうね!」
「そうなのか、うんそうだな、ずっと続けような!」
「よーし、じゃあお題ですっ!ズバリ!『家族の絆』でよろしくね、天才くん♪」
「合点承知之助!」
〔遥かなる旅立ち〕 杉山 真
「アックン、食事よ」と麗子が呼ぶ。二階から哲昭が降りて来る。
「レイ姉、ありがと」
「今日は、大学には行ったの?」
「いや、ここのところ、気分が乗らないんだ。それより、凄いご馳走だね」
「レイちゃんは、今、料理に凝っているのよ」
「ふーん、ますますユー姉と差がついちゃうね」
哲昭には、双子の姉、麗子と優子がいる。四年前に交通事故で両親が亡くなり、家には哲昭ひとりが残った。もともと大学生だった姉二人は、近くのアパートに二人で住んでいた。事故は、一方的に相手方が悪く、その時の保険金でなんとか三人は、生活していた。その後、大学を卒業した麗子は商社に勤め、優子はスポーツ・ジムでインストラクターをしていた。哲昭は大学へ合格したものの、両親の死というショックが完全にまだ抜けきれず、半ひきこもり状態である。元気な時はいいのだが急に体調を崩したりする。麗子と優子は、心配なので交代で様子を見に夕食を作りにきている。
「俺ってさ、急にひらめく時は、自分でも凄いと思うんだ。だけど、バカみたいな事が、まったく解けなくなったりする。どうしちゃったんだろうね」
「さァ、レイには数学のことは、よくわからないけど、誰でもそうじゃないの。それに周りの人のレベルも上がっているし」
「そんなもんかなァ」哲昭は溜息をつく。哲昭は、小さい頃から算数・数学が得意でずっと一番できた。夢は、数学者だった。
「こら、テツ! 情けないぞ」知らないうちに優子がいた。
「ユー」哲昭の顔がほころんでいる。
どちらかといえば、麗子よりも優子の方に子供の頃から馴染んでいる。
「いい年になって、そんな事で泣き言いうなよ」
「ユーも、もうちょっと言葉を直した方がいいんじゃない。せっかくの美人なんだから」「あら、アックン、レイ姉は、美人じゃないの」
「そういう訳じゃないよ。ただ持ち上げただけさ」
「別にテツに美人と言われても、嬉しくないね」哲昭は、優子の方が好きなのだ。それは、哲昭の普段の態度で優子にも麗子にもわかっていた。優子と麗子が帰ってしばらく哲昭は頭の中が冴えて眠れなくなっていた。自分でも、今、二人の姉が必要なのがよくわかっていた。自分ひとりでは、何もできないことを。昔は、自分に自信があった。今は急に不安に襲われる時がある。何かをずっと求めていたい。四年前までは、それが数学の道だった。一つのことに集中することができた。両親の死により、色々な疑問が湧いてきた。数学では解けない人生の問い。それは、たぶん一生かかっても解けない気がする。数学の問題を解くのなら、誰にも負けない自信があったが、生きることについての謎にはまったくお手上げだった。父と母は今どこにいるのか?どこかで見守っていてくれているのか?もうどこにもいないのか?生きるとはなんだ?気がついたら、闇の世界から光の世界に生まれていた。死んだら再び闇の世界へ戻るのか?そして死ぬ時、苦しまなければならないのか?人間は仮の姿で魂の世界があるのか?愛とは何だ?我々は永遠へと続いて行くのか?生まれてきたからには生きて行くしかなく、それがなぜ生きるかの答えにもなるのか?もっとはっきりと納得できるストレートな答えはないのか?他の人達は、こんな思いをどう処理しているのだろうか?人は大人になると若き頃の情熱に区切りをつけ、熱き心を切り離し、大体の生活観で生きているのか?そんなことはないはずだ。シュリーマンという人は、古代の遺跡発掘という燃えるような情熱の中で一生涯生き抜いた。今の俺は頭の中が常にふらふらして考えがまとまらない。様々な思いが湧いてきて、まったく答えられない。走っても走っても逃れられない自分の影のように様々な疑問から逃れられない。誰か助けてくれ!この病気を!あの事故までこんなことは、一切考えたことがなかった。が、周期的に眠れぬ夜が訪れる。人生論が哲昭から離れないのだ。麗子も優子もそれは自分自身で克服するしかないのを知っており、哲昭が深い眠りから覚めるのをひたすら待っている。結局、その夜も眠れず、六時になって朝刊を読んでいるうちに眠ってしまった。
不思議な夢を見た。優子と麗子が夜中に「何か」に向かって空を飛んでいた。なんだかとても嬉しそうだった。午後三時に起きた時、何かが違っていた。どう表現すればいいのだろう。急に哲昭は目覚めたのだ。このままじゃいけない。全身が叫んだ。俺は何をしているんだ!しっかりしろ!心の内から力が湧いてきた。この四年間、水面下で沈んでいた昔の力が蘇ってきた。哲昭は、神の見えざる手に導かれたような気がした。人はひとりの力では生きていけないながらも、人はひとりで生まれ、結局はひとりで死んで行く。これからは、自分を信じて、ひとりで生きて行かなければならないのだ。不意にそんなことを思った。
☆ ☆ ☆ ☆
「どうしたの、レイ」翌日の夕方も麗子と優子が来ていた。
「哲昭が遊び半分にエッセイを書いてみたんだって」
「ふーん」と優子は、哲昭が書いたという『サンデー』というエッセイを不思議そうに眺め、ゆっくりと読み出した。
☆ ☆ ☆ ☆
『サンデー』
ある日曜日。その日は特に用事はなかった。だからといって競馬やパチンコといったギャンブルをする気にもなれなかった。時計を見ては「時は人間が勝手に作ったものだ」とある作家が書いた文章を思い出したり、ある歌人の「この世に生まれた証たて」と書いた詩の中のフレーズが頭にチラついたりした。何となく頭の中が、おかしな感じがし、断片的に色々な事を思ってしまう不思議な日だ。外に出て運動でもして新鮮な空気をいっぱいに吸ってみるかと考えてはみるものの、結局はひとり家の中ですごすであろうことは確実であった。人間というのは、おかしなもので他の人から見ればバカらしい小さな過去にとらわれている。完璧に見える人もそうだし又、そんな立派な人でも、あれっと思う癖を持っている。つまり、この世に完璧な人などいないのだ。生まれてきたのだから、生きて行かなければならないが、自らの手で人生を終わりにしてしまう人も多い。次の日は、何が起こるかわからないのに。それが、寿命なのか、運命なのか、だれにもわからない。本当にこの世はわからないことだらけだ。今、軽い頭痛がしている。こんな事を考えているせいか。でも、めったにない事なので我慢しよう。時計を見るが、さっき何時だったか覚えていない。人間が勝手に作った時を。この果てしない宇宙からすれば人間の存在や一生なんてどの程度の意味があるのだろうか。とにかく、自分のためでも家族のためでも、人は働いていればいい。エジソンのことは、詳しく知らないが小さい頃から発明が好きで社会に役立つものをたくさんこの世に残している。まさに天職である。我々、凡人にとって働くこと、仕事というのは生きるためのもの。つまり金だ。金がないと暮らしてゆけない。金は、無ければ心に悪魔が住み着くことがある。又、あり過ぎても恐い。人間のどろどろとした心と絡まりあうと色々な事が起きてくる。テレビでは、毎日恐ろしいニュースが報道され続ける。所詮、人間なのだ。「どんな君子でも」と小説の中で漱石も書いている。それとは別に、お金は健康とも密接な関係にある。お金がないと健康も害する。女心は、難しい。女の気持ちは、姉達がいるけれどまったくわからない。それもそのはず、男性自身でさえよくわからない。自分自身でさえよくわからない。しかし、何かやりたい事、男性女性をとわず目標を持ち日々努力している姿は美しい。あるきっかけで何かに出会い、それに邁進している人は素晴らしく輝いている。さらに欲を言えば、その目標の中に様々な壁や段階があって一生につながるものだとしたら言うことはない。そういうふうに生きてみたい。それは、今日みたいな日に寝転んでいる人間の願いか、望みか、或いは悲しみか。ふと考える。俺は今まで何をしてきたのか。たとえ今までがムダな日々であったとしても、それがムダであると気づくにはムダな日々を過さないとそのことに気づかない。「気づく」という視点から言えば、ムダな日々などないのである。そして、今俺は何かに気づいた。スーッと頭の痛みが取れた。軽く川辺りを散歩でもしてこよう。桜のピンクの花が散って、木々は力強く緑々と茂っていた。頑張ってみよう。きっと、やれるはずだ。人はきっと人生を生き抜く能力を授かって生まれてきているはずだ。人がやれることは、誰だってできるはず。俺にはまだまだやるべきことがたくさんあるのだ。思い出した。俺は小さい頃から数学者を目指していた。そして、数学者になり、一生、ずっと数学の研究を続けていきたい。これが俺のライフワークだ。まれにみる天職に恵まれた幸せ者だ。
☆ ☆ ☆ ☆
「もしかしたら、この子、もう大丈夫じゃないの」優子は、麗子を見る。
「私も、そう思うのよ」
「じゃあ、私達の役目も、もうおしまいね」
そこへ、哲昭が現れた。なぜか目が濡れている。
「行ってしまうの?オヤジとオフクロのところへ」
「哲昭、知っていの。あの事故で助かったのは、本当は哲昭一人だってこと。そして、私達が幽霊だってこと・・・・」哲昭はうつむいていたが
『俺が、おかしな状態では、四人とも成仏できないので、姉さん二人がこの世に残ったんだね、俺が再び自信を取り戻す日まで』麗子と優子は見詰め合う。
『本当に大丈夫かしら?』哲昭は、軽く微笑んだ。二人はホッとした。昔の自信に満ちた哲昭がいる。
『自信を持って、目標に向かって、あせらずに、ゆっくりと歩いていくよ。ありがとう、ユウ・レイ姉。別れは悲しいけれど、さよなら』
哲昭の前から二人の姿がかき消されて行った。安心と愛を残して・・・・・・
FIN
「どうかな?」真が聞いた
アヤはゆっくりと立ち上がり押入れから箱を取り出して来た。その中には数え切れないほどの紙が詰め込まれていた。その無数の紙の殆どには“アヤの詩が読みたい”または“スクール・エイジを聴け”と書かれてあった。