シング ア ソング
俺は貴族だ。貴族と言っても独身貴族。毎晩、夜の街をさすらう。三十五歳の遊び人だ。
俺のホームグラウンドは『秋祭り』という居酒屋と『スマイル』というラウンジで、両
方、夜中の三時までやっている。
今日も居酒屋『秋祭り』のカウンターで飲んでいると五人ぐらいの楽器を持ったグループが入ってきた。
いかにもミュージシャンという独特の個性をはなっている奴らであった。その中で紅一点、二十五歳ぐらいの女性が眩しく輝いていた。そのグループは、店の奥の方へ消えて行った。
「何者だ?」と俺はシン店長に聞いた。
「あァ、今日、アマチュアバンドのライブがあったんですよ」
「アマチュアバンド?」
「いえ、アマチュアといってもレベルは高く、まァ、ちょっとしたセミプロですかね。年に2~3回ライブがあるんですよ。今日は、その帰りです。たまに、うちに予約してくれるんです」
俺は、出来立てのイカの一夜ぼしを食べながら、奴らに興味を持った。
音楽ねぇ、金になるのかな?そんなことしか俺の頭に浮かばない。どんな曲をライブで歌うのかな。
俺は、いつものように空想の世界へ入っていった。気がつくと、誰かが俺の肩をたたき、ハッと俺は空想の世界から目をさました。目の前に、さっきの紅一点の女性がいた。
「こんばんは」彼女は明るく俺に話しかけた。
「・・・・・」俺はビックリした。
「私、林アヤといいます。本郷秋彦さんですね」
「あァ、はじめまして」一体、何が起こったんだ。
「本郷さんって詩人なんでしょ。本も出しているって聞いたわ。私はバンドのボーカルをやっています。今日もライブで歌ってきました。でも、10組のグループの中で、私達のバンドだけがコピーバンドなの。オリジナルの曲がないんです。曲は私が作れるんだけれど、作詞が問題なの。本郷さん、私の曲に詞をつけてもらえませんか」
俺は再び驚いた。俺に作詞しろか。しかも初対面の人間に。おもしろい娘だ。
「・・・・・アヤさんだっけ。確かに俺は詩を書くが、ポエムの詩と音楽の詞は違うんじゃないか?」
「でも、できると思うんです。実は前に一回、本郷さんの本に目を通したことがあるんです。カンですかね。本郷さんならできると思うんです」
「ふーん、カンか。それなら、ちょっと、アカペラで何か歌ってもらえませんか。歌ってくれるんなら、努力して作ってみましょう」
俺は、うまく断ったと思った。実はあまり自信がなかったのだ。
「いいですよ」アヤは、いとも簡単に答えた。
「シン店長、いいよね」アヤは店長に聞いた。
「他の客がいるけど、腹をくくろうか」ニッコリ店長は笑った。
アヤは、周りをチラッと見て、目をつぶり急に歌い始めた。透きとおった独特の声が『秋祭り』の店内を流れ始めた。 俺は胸を震わせた。アヤの素晴らしい歌声に。イイ、実にイイ、確かに、こんな歌声がコピーだけで終わるのは残念だ。
しかし、俺に彼女が作った曲にふさわしい詞が書けるのか?もう約束してしまった。男らしくやるしかないな。そんなことを考えていたら、店内に割れんばかりの拍手が鳴り響いている。
流石だ、林アヤ、ただ者ではないな。
「約束ですよ」アヤは俺に言う。
「あァ、わかった」
アヤはバックからCDを取り出して俺に差し出した。
「ハイ、これ、作詞してくださいね」
「用意がいいな」
「出来上がったら、ラウンジ『笑顔』に持ってきてください。私、毎週土曜日にバイトすることになりましたから」
「・・・・・何で俺が『笑顔』の常連なのを知っているんだ」
「リサーチ済みですよ、秋彦さん」
俺は手品にかかったようだ。
☆ ☆ ☆ ☆
日曜日、俺はアヤから手渡されたCDを聴いていた。さて、どうやって歌詞をつくっていいのやら。何回も何回も曲を聴いているうちに段々と歌詞のイメージが湧いてきた。
アヤの曲に歌詞をつけている途中で、急に俺はハッとした。今まで小説と歌は、まったくの別物だと考えていたが、もしかしたら歌とは凝縮された小説なのではないかと思えてきた。歌=小説、そんな考えが浮かんできた。
とにかく泉のように湧き上がるアヤの曲は、俺の心を洗ってくれた。暗くすさんだ人生を日々傷つき汚れ打ちのめされて送っていた男が、しだいに光を吸い込み輝いてゆき、人生の逆の一面を知ってゆく、そんな歌詞が浮かんできた。
まるでその男とは、俺自身のように感じられた。歌といえば恋愛の曲が、すぐに思い浮かぶが、人生の歌だっていいものだ。人々に活力を与えるような。何かに気づき、人生の方向性が見えてくる詞。
知らぬうちにアヤの曲に詞をつける作業は終わっていた。人生の歌だ、でも全然説教くさくない。生きる力が湧いてくる。これをアヤに渡したら、きっと、たまげるだろうな。
まァ、ボツになれば、今度は恋愛の詞を作ってみてもいい。
それとも、もう頼んでこないか。でも、そんなことは、どうでもいい。実に楽しかった。
俺もギター、一本買ってコードを覚え、曲を作り自分の歌でも作ってみるか。あァ、春はもうすぐだなァ。今度、一度アヤ達のバンドのミニコンサートを見に行こう。彼女の透明な声が、もう一度聴きたい。
アヤにラウンジ『笑顔』で会う。今日は土曜日、アヤのアルバイトの日だ。
「意外だったなァ、秋彦さんの詞」
「落第? センスないか」
「逆よ、逆。凄く、良かった。今まで、こんな歌詞聴いたことないよ。なんか感動しちゃった。歌で人生を語るなんて、素晴らしい。やっぱり、私の目は確かだった。どんな曲になるか楽しみ」と言ってアヤは俺にビールを注いだ。
「そうか、それなら良かった。歌って、世界が広いんだな。そんなことが、今、やっとわかったよ」
「どんどん作ってね。今度、歌詞の手ほどきしてよ。二人で恋愛の歌を作りましょう」
☆ ☆ ☆ ☆
「『取り返したい昨日はない』」
さあ、次は?
俺とアヤは、歌詞を作っていた。
「ええっと、『取り返すはずの明日はない』かな?」
「よし、いいぞ。じゃあ、『君と別れて歩く帰り道』の次は?」
「うーん、『・・・これが僕の今なんだ』」
「じゃあ、『グッバイ グットラック』の次だ」
「ええっと、また同じ『これが僕の今なんだ』」
「よし、いいぞ、『あの時 君は黙って』?」
「『一体何を言おうとしたの』」
「その通り、『僕は不意をつかれて』」
「『風に吹かれて歩いていた』」
「そう、いい感じ、『さよならはいつもこう』」
「『取り返しのつかない昨日のお話』、でいいかな」
「ナイス、『もう一度君と肩を並べて』、さあ、頑張れ」
「『じゃれあいながら笑いたい』」
「『あの時 雲は急に曇って』、続いて行こう」
「『今にも雨が降りそうだった』」
「また繰り返し、『僕は不意をつかれて』」
「『雨に降られて泣いていた』」
「ナイス、『いつもいつもこうなんだ』」
「『きっと明日はたぶん来ないだろう』」
「そんな感じ、繰り返すよ、『もう一度君と肩を並べて』」
「『ふざけあいながら笑いたい』
「もう一回、思い出して、『取り返したい昨日はない』」
「『取り返すはずの明日はない』」
「『ただこの瞬間』」
「『今だけが永遠に欲しいのさ』」
「ナイス・フィーリング、『君と別れて歩く帰り道』」
「『これが僕の今なんだ』」
「そう、思い出して、『グッバイ グッドラック』」
「『これが僕の今なんだ』」
「やったぜ!こんな感じだぜ。録音したよ」
「あー、疲れた。でも、出来てよかった、とても嬉しい」
「たぶん、使えると思うよ」
俺とアヤは、日々、歌詞作りにトライしていた。
俺は、たまに、アヤにギターやドラムの手ほどきを受けたりしていた。
いっしょに、ライブに連れて行ってもらったりした。
音楽に関して色々な面で感化された。
俺は夢中になって作詞した。アヤも夢中になって作曲した。
色んなコンテスト用だ。本当に俺は必死だった。なぜなら、彼達が必死だったから。
彼達は、転々とアルバイトをしながら、コンテストに賭けていた。
バンドデビューに賭けていた。目標というものは、凄いものだ。
俺の薄汚れた乱れた夜の生活が純粋な清い音楽のように浄化されて行った。
この俺がアヤとともに一生懸命に頑張っていた。俺は別にバンドのメンバーではない。
だが、何かに加わっていたかった。彼達の役に立っていたかった。
ついこの間まで薄汚れていたこの俺がそんなことを考えていた。
そんな俺の気持ちが、ひしひしと彼達に日々伝わって行ったようだ。
そう、俺は心のメンバーとなっていた。アヤとその曲にふさわしい歌詞を書こう。
時々、何か勘違いした。アヤにふさわしい魅力ある男になろう、と。惚れたのかな。
アヤといるだけで楽しいのだ。『夢中』という名の汽車に乗って走っていたのか?
アヤと抱き合った決定的な瞬間の写真がある。歓喜のあまりだ。そう、そうなのだ!俺達はコンテストで優勝したのだ。そして、快進撃、数々のトロフィー。
インデーズでデビュー。それから、インデーズからメジャーへ。
日々はアッという間に過ぎて行った。
☆ ☆ ☆ ☆
・・・・・二年の月日が流れた・・・・・
☆ ☆ ☆ ☆
今、ラジオを聴いている
ラジオから君の歌声
今週のヒットチャート第一位
コピーバンドから積み重ね
ビックになったね驚いている
ラジオから君の清らかな歌声
いつか、二人で作った歌詞だね
あァ、あの頃が懐かしい
いつまでも応援しているよ・・・・
『グッバイ グッドラック これが僕の今なんだ』
「お届けしました曲は、今週のNo.1、スマイルの『エンドレスラブ』でした・・・・」
☆ ☆ ☆ ☆
エンドレスラブ(僕の願い)
あの時 君は急に黙って
一体何を言おうとしたの
僕は不意をつかれて
風に吹かれて歩いていた
さようならはいつもこう
取り返しのつかない昨日のお話
もう一度君と肩を並べて
じゃれあいながら笑いたい
取り返したい昨日はない
取り返すはずの明日はない
ただこの瞬間
今だけが永遠に欲しいのさ
君と別れて歩く帰り道
これが僕の今なんだ
グッバイ グッドラック
これが僕の今なんだ
あの時 空は急に曇って
今にも雨が降りそうだった
僕は不意をつかれて
雨に降られて泣いていた
いつもいつもこうなんだ
きっと明日はたぶん来ないのだろう
もう一度君と肩を並べて
ふざけあいながら笑いたい
取り返したい昨日はない
取り返すはずの明日はない
ただこの瞬間
今だけが永遠に欲しいのさ
君と別れて歩く帰り道
これが僕の今なんだ
グッバイ グッドラック
これが僕の今なんだ
取り返したい昨日はない
取り返すはずの明日はない
ただこの瞬間
今だけが永遠に欲しいのさ
君と別れて歩く帰り道
これが僕の今なんだ
グッバイ グッドラック
これが僕の今なんだ
そうして、俺は全国の歌の好きな素敵な娘に、あるショートショートを贈りたくなった。
路上のプリンセス
高校生の頃からシン
ガーソングライター、タミーは路上で歌う。ギターを弾きながら心を込めて、愛する歌を。小さい頃から歌うことが好きだった。小さい頃から歌作りが好きだった。小さい頃からギターの音色が好きだった。伝えたい、私自身を。いつか大きな会場でライブをしたい。何時間もライブで歌いたい。今はこの路上が私のライブ会場。まだ少しだけれど、ファンもいる。雨の日も雪の日も傘を差しながら、タミーは笑顔で歌い続ける。なぜか?歌が好きだから、好きだから。
〔君の応援歌〕
この頃
元気がないね
失恋でもしたのかい?
今までの人生で
一番苦しい時を思い出して
自分で自分を誉めてあげて
だいぶ元気が出てきたね
君は笑顔がよく似合う
時がすべてを解決してくれる
でも、自分自身が
頑張って、乗り越えないとね
毎朝
君を見ないと
この俺がブルーになる
君も色んなことが
移ろいゆく人生であったはず
まだまだ、これから頑張れるさ
だいぶ元気が出てきたね
君は笑顔がよく似合う
時がすべてを解決してくれる
でも、自分自身が
頑張って、乗り越えないとね
おととい
きやがれという
日本語があるけれど
面白い言葉だね
不可能を可能として生きてきた
それが俺、それが君なんだよ
その清らかな歌声に段々と人々は集まってくる。人々はその詞の内容に励まされ、また彼女の存在そのものに心癒される。タミーはコンテストには応募しない。ただ路上で歌っていたいのだ。いつしか、路上のプリンセスと呼ばれるようになる。そんなタミーが有名プロダクションのスカウトの目にとまり、スカウトされた。この娘には何かしらうったえるものがある。この娘には何かしら光るものがある。久々に宝物を見つけたとスカウトは確信した。タミーは、家族と相談の上、この信頼できるこのプロダクションに入った。
〔強く抱きしめて〕
ついて来いよと
言って欲しい
なぜか不安定な結婚前
葉っぱが風に揺れている
雨が降る前に
私をここから連れて行って
あなたの胸に飛び込みたい
追って行ったりしないから
お願い早く追いかけて
抱きついたりしないから
お願い強く抱きしめて
あなたがいる私の心の中に
愛している もっと 強い言葉で
伝えたい 愛している以上の 愛している
俺のものだと
言って欲しい
なぜか安全地帯求めるの
時に涙に濡れちゃうの
雨が降る前に
私をここから連れて行って
あなたの笑顔に甘えたい
追って行ったりしないから
お願い早く追いかけて
抱きついたりしないから
お願い強く抱きしめて
あなたがいる私の心の中に
愛している もっと 強い言葉で
伝えたい 愛している以上の 愛している
そして、『シェイクハンド』という曲でタミーは、メジャーデビュー。運がよかったのか、それとも実力なのか、リスナーの圧倒的な支持を得て全国的に『シェイクハンド』は大ヒットした。『季節よ まわれかざぐるま』という曲中のそんなフレーズが共感を得たようだ。路上のプリンセス、タミーは、一躍スターダムにのし上がる。プロダクションとともに行動する夢見るタミー。テレビにラジオにひっぱりだこのタミー。昼御飯、時には夕御飯も食べる時間さえない。でも、嬉しい悲鳴だ。自分が望んだことなのだから。
〔シェイクハンド〕
君の温かい手 やさしい瞳
ありがとうと言いたくなる
ラララ この青き地球に
共に住む人々に
この奇跡を伝えたい
この世界に感謝シェイクハンド
悲しい事があったとしても
再び笑顔に戻れるさ
たとえ君がつまずいて
動けなかったとしても
時が君を癒すだろう
君のその温もり 僕らを包む
共に行こうお願いする
ラララ この青き地球に
笑い泣く人々に
この奇跡を伝えたい
この銀河に感謝シェイクハンド
ブルーな雨が降り続けても
必ずや晴れになるんだよ
いつか君が転んでも
あきらめないで微笑んで
季節よ まわれかざぐるま
君のその大きさ すべてを包む
愛してると言いたくなる
ラララ この青き地球に
あなたのその心に
この奇跡を伝えたい
この宇宙に感謝シェイクハンド
夢が叶った。様々な各地のビッグスタジアムでのライブでファンと一体になるタミー。凄い歓声、凄い快感。これからも次々に全国をまわってゆく。
全国にはきっと色んな人がいるのだろうな。胸がときめく。ワクワクする。ドキドキする。でも、最近、ちょっと疲れ気味かな。
たくさん詞や曲も作らなければ。誰のために?自分自身のために?何のために歌っているのかしら。ハッキリ言って、忙し過ぎて、よくわからなくなってきた。
しかし、自分は恵まれているんだ。夢は叶ったのだから。だからこそ、歌わなければ。でも、あの頃の路上ライブが懐かしい。ついこの間のようだ。
他の仲間達はまだ歌い続けているのだろうか。足を止めてくれた人。ありがとう。熱心に耳を傾けて聴いてくれた人。ありがとう。私のこと、まだ覚えてくれているのかな?今も私のこと、応援してくれているのかな?道はこれからも限りなく果てしなく続いてゆく。
路上に毎日聴きに来てくれた、通ってくれた『あなた』へ感謝の気持ちをいつもずっと忘れずに。これからも、歌い続けるわ。初心を忘れずに。路上のプリンセスは、たぶん、歌うのが純粋に好きだから歌うんじゃなかったのかな。歌が好きだから、好きだから。