檸檬インフィニティ∞ | 五月 鯉之介 |本 | 通販 | Amazon
檸檬と困った客
檸檬はキャバクラ・スズランで「どうしたものか」と考えている。
変な客に当たってしまった。
もう相当飲んでいるな。
変な客はウイスキーを飲みながら言う。
「檸檬、俺は悪い人間か? よい人間か? 俺自身はよい人間だと思うが」
「うーん、きっとよい人間かな」
「ダメダメ。悪人正機というじゃないか。自分で自分をよい人間なんて言う奴にろくな奴はいない」
「はい、すいません」
「では、檸檬俺は優しい人間か?」
「うーん、多分、冷たい人間かな」
「バカか、おまえは! 一体、俺の何を知っている。人生って何だ、檸檬」
「わかりません」
「それを檸檬に教えて欲しいのさ」
うーん、止めて欲しい。
スタッフは見て見ぬふり。
頭が変になりそう。
今日は厄日だ。
そうだ。
あの手があった。
檸檬ののらりくらり作戦。
「お客さん、檸檬はどんな女性ですか」
「そりぁ、優しい女性だ。俺の話に付き合ってくれる」
「残念、お金をもらっているからです」
「とんだ悪い女だったな」
「普通の行為です。ここはキャバクラです」
「では、人生とは?」
「私に聞かないで。自分で探すものです。よいことばかりじゃない。悪いことばかりじゃない。自然だって、人を感動させるが、天災を起こす。何事も一面を見ないで」
檸檬は自分自身に言っていた。
人生か。
そう、人が生きると書いて人生だ。
真っ直ぐでも、曲がりくねっていても。
己という信念を持って!
「ところで、檸檬って、スマートだね。セクハラか」
キャー!
嬉しい。
ダイエット一週間目で初めて人に褒められた。
「お客さんこそ、カッコイイです。とても50歳に見えないわ。若い頃、相当泣かしたんでしょう」
「そうよ、おりゃあ、関東一円で、金狼というゾクのリーダーだった。女はひくてあまただったが、ずっと硬派で通したんだ」
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「正直で純粋な人の心は、檸檬には見えるのです」
時に檸檬は人の心が読める。おぼろげに、このお客の若かりし、ある日が見えてきた。人生の哀愁。この人は・・・・・・悲しい人なのか? はたまた、とても、優しい人なのか?
お客さんのある一日
通勤にて、最寄りの駅へ行く途中で、チャリンチャリンと一台の自転車が徒歩の俺を追い抜いた。
自転車には、スマートなOLが乗っていた。
すぐ先の自転車置き場で自転車を止めた。
その時、振り向きざまに顔が見えた。綺麗な女性だった。
そして、ファッションがとてもオシャレだ。
俺は思わず見とれてしまった。俺は早歩きして彼女を追い越そうとしたが無理だった。
歩くのが速い、いかにも、健康そうだ。
彼女のスニーカーとカラフルな靴下が印象的であった。最寄りの駅は、二階建てになっており、階段でもエレベーターでも行けた。
俺達はエレベーターで二階に上がった。
エレベーターを出る時、先に乗った彼女はボタンを押し続け、俺を先に出してくれた。
俺は「ありがとう」と言ってエレベーターを出た。
これは脈ありか?なぜか俺達は偶然か自然か、不思議と接近してかなりくっついていた。勿論、会話はない。なぜか、胸がドキドキしていた。
同じ上りで同じホームに俺達は立っていた。
彼女は髪を後ろにとめていたのだが、何を思ったのか急に後ろにとめていた輪ゴムを取り、髪を前にもってきた。美人がさらに美人になった。
五分後に電車が到着したが、凄い人で満員だった。
残念ながら俺達は、離れ離れになっていた。それから三十分、とても苦しかった。
ずっと立ちっぱなしで、電車は揺れるし、三つの駅に停車したが人はさらに増えるばかりだった。だが俺は浮かれていた。
彼女のことをずっと考えていた。彼女と結婚できないだろうか?あの美人でオシャレな彼女と。
まさに理想の娘だ。これは勘だが性格も良さそうだ。
彼女はもう電車を降りただろうか。眩しかった。垢抜けしていた。
本当にあんな妻が欲しい。明日また会えるだろうか。俺の空想は続く。
しばらくすると、広島駅の三番ホームに着いた。俺はのんきに階段を上り、まわりを見渡した。彼女の姿はどこにもなかった。明日に賭けるか、一目惚れの娘よ。
俺は急にトイレに行きたくなった。一番ホームの男子トイレに小走りで入った。すでに小便トイレはつまっており、俺は並んだ。
奥を見ると老夫婦がトイレボックスの前で立っていた。年を取った、見るからに弱々しい妻は、とても苦しそうだった。旦那さんであろう男性がぎゅっと妻の手を握っていた。彼が妻を守るように男子トイレに連れてきたのがわかった。だが彼は妻を連れて男子トイレを出て行った。どうするのだろう?俺は小便をしながら考えていたら、再び二人が戻ってきた。
そうか、やはり、女子トイレがいっぱいだったんだな。
俺は、なんとかならないかと思いつつもトイレを出た。
そして、ゆっくりとぼとぼ複雑な気持ちで改札口の方へ向かって行った。
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しばらくして、俺はバスに乗りついでいた。
そして、今朝の美人のお姉さんのことを思った。あの若々しい健康そうで生き生きとしたOL。
俺はまた勝手な空想をしていた。
たとえ、俺達が俺の希望通り結婚できたとしても、誰にも言えることであるが、年老いてゆく。二人の将来がバラ色とは限らない。
当たり前の話であるが。お互い元気で眩しい時は、ほんの一時かもしれない。
年とともに病弱になり衰えてゆくのだ。あんなに健康そうな彼女も年老いてゆく。
たえまなく流れる時の中で、俺は彼女を守れるのか?もしかしたら彼女に守ってもらっているかもしれない。
二人とも年老いてゆくんだ。なぜ、こんなことを考えるのだろう。
ブルーな気持ちが心の中をしめていた。
頭の中が曇っていた。あのトイレの老夫婦のことが忘れられない。俺達二人とあのトイレで出会った老夫婦がオーバーラップした。あの老夫婦は一体どうなったのだろう。
あれから俺は胸のわだかまりが取れないでいた。本当にあの二人は困っていた。あの時、確かにとても困っていたように見受けられた。
ならばなぜ、俺は奥のトイレボックスに行って、ノックして、中の人に外から訳を話し早く出てもらうように頼まなかったのか。
あるいは、激しく強くノックして、困っているんだと大声で叫び早く交代してもらうように頼まなかったのか。実はあの時、そういう考えが頭に浮かんだのだ。でも、俺はしなかった。俺は出来なかったのだ。なぜだろう、俺は人目を気にしたのか?俺は自分が情けなかった。あの時の夫が妻を守るようにぎゅっと握っていた手が目に焼きついて忘れられなかった。生きるって何だろう。バスを降りて歩きながら、なぜかそんなことを思った。人はオギャアと家族の期待を一心に受けてこの世に生まれ、なぜその人生の最後に病気等で苦しんで死んでゆかなければならないのか。こんなことを考えるのは俺だけであろうか。
人生の最後だから、生をまっとうして、喜んで死んでゆく、輝いて死んでゆく、それが理想ではないか。それが本来の姿ではないか。俺はそう考えるのであった。なぜか、そんなことを考えていたら会社に着いた。今朝は色々なことを考えた。人生の謎は解けず相変わらず気持ちはブルーであった。生の喜びと死の闇と。
いつしか、檸檬はこの客と話すのが苦痛でなくなった。
確かに困った客かもしれない。
悪人正機説は置いといて、悪い人ではない。
ただ淋しい人なのだ。
檸檬だって淋しい女性だ。
檸檬も本当は、この客が言うように人生を求めてやまない。
生きるってわからない。
わからないからこそ求める。
あの夜空に光る星はすでに死んでいるものなのだ。
人はその星に時に願いをたくし生きている。
外は雨が降り始めた。
梅雨だもんね。
雨季の後は、灼熱の夏。
懐かしい熱闘甲子園の季節。
檸檬の彼氏は甲子園目指して、今はプロ野球チームのスコアラー。
同じような道を歩む人。
まったく違う道を歩む人。
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「なァ、俺はサラリーマンをやりたくない。でも、生きるため。わかるだろう、檸檬」
「私も夢があるんです。お金を貯めて」
私も熱く語りだしたかな、檸檬は思った。
「その夢が叶うといいな」
「ありがとう。お客さんも早く、マイホームのローンを返して、第二の人生、四国でうどん屋を始められたらいいですね」
「檸檬、どうしてそのことを」
「正直で純粋な人の心は、檸檬には見えるのです」
二人は笑顔でチューハイの水割りで希望に満ちた人生に乾杯した。