菜穂と優の暗号解読入門

 

 奥田菜穂と寺山優は、幼馴染で高校一年生。広島市内の県立の高校に通っている。何処のクラブにも所属しておらず、放課後二人でよく遊びで、数字当てゲーム(1から10の数字のうち3個の数字を当てるゲーム)や、リーチゲーム(1から25の数字のうち5個の数字を当てるゲーム)などをやっている公認のカップルだ。
「今日は本屋でも行きたい気分ね」と菜穂。
「俺、金持ってないぜ」と優。
「お金のかからない本屋があるでしょ」
「うん?もしかして、俺の家」
 ニコッと菜穂が笑った。
「大正解」
 優の父はすでに他界しているのだが、生前は大の読書家で二階の大きな一室は本屋のように色んな分野の本がぎっしりといくつかの本棚に整理されてあった。今も大切に保存されてあった。
「でも、新刊は置いてないぜ」
「寺山書店には初めて見るような本がたくさんあるわ。たとえ、新刊でなくても。そして十分楽しめる」何回か菜穂も出入りしていた。
「俺の家、来るの?」
「迷惑」
 俺は少しエッチなことを想像した。
「どうしたの、ニタッと微笑んで」
「いや、なんでもないよ。それよか俺も何か読書したくなってきた」

  ☆   ☆   ☆   ☆

 二人は寺山家の二階、寺山書店?にいた。
「それにしても、よくこれだけの本を集めたわね」菜穂は感心する。
「俺もそう思う。この間、面白そうな本を見つけたぜ」
「えっ、どの本。教えて教えて」と菜穂。
「ええっと、どこだっかな」優は同じところ辺を行ったり来たり」
「ねぇねえ、優、こんなの前からあったっけ?」菜穂は柱を指差す。
 その柱には、白い紙が貼ってあり文字が書かれてあった。
 白い紙に書かれている文字を見つめる。
「る・ち・せ・え・お・・・・・・」優は文字を読む。
「何だろ?」と優。
「何だろ?」と菜穂も。
「・・・・・・・・・・・何かの暗号だったりして。例の奴に当てはめてみようか」
 例の奴とは、中学生の時、二人の間に流行った暗号遊びで、五十音の行ごとに三文字目を中心対称に文字を置き換えて遊んでいた。例えば、ア行だったら三文字目の『う』を中心に、『あ』は左右対称に『お』を表し、『う』の場合はそのまま『う』にする。
「やってみよう」と菜穂は言った。
「『る』は真ん中だから『る』、『ち』は『つ』を中心に左右対称にしたら『て』、『せ』は『す』を中心に左右対称にしたら『し』、『え』は『う』を左右対称にしたら『い』、『お』は『う』を中心に左右対称にしたら『あ』・・・・・・・。『るてしいあ』・・・・・・『るてしいあ』・・・・うーん、逆さに読んだら『あいしてる』。『愛してる』かあ。・・・・・・悪戯かなにか?」
「いや、それが一冊だけ『愛してる』って本があるんだよ、見たことがある」
「どこにあるの、その本?」
「ええと、確かこの辺かな」
 菜穂は優の後についてゆく。
「あった!」と菜穂が声を上げた。菜穂がその本を発見した。
 薄っぺらい本だ。江戸山ベルモント著。エッセイ集だった。テーマは色々、多種多様であった。ざあっと本を流し読む。
「何のヘンテツもないわね」今度はゆっくりと菜穂は本を読み始めた。
「ああっ!」
「どうした、菜穂」
「129Pのアガサ・クリスティに関する記述でアガサの三文字を赤く囲い丸している」
「アガサか。推理小説ミステリーの女王か、アガサも例の奴に当てはめてみる?」腕を組み考える優。
「そうね。アガサ。『あ』は『お』、『が』は『ご』、『さ』は『そ』。『おごそ』・・・・・・。『おごそ』をさっき見たいに逆読みすると『そごお』になる。『そごお』って何」
「『そごう』に似てるかな?」と優。
「『そごお』でも『そごう』でも、訳わかんない」
「確かに・・・・・・・」と優。
「でも、ここ広島市内で『そごう』といえば・・・・・・・・・・・・・」不意に菜穂は目を光らせた。
「『そごう』といえば・・・・・・・・・・・・・・」
「六階よ」
「六階?」
「わからない。本屋が紀伊国屋書店がデパート『そごう』の六階にあるでしょ」
「確かにあるけど・・・・・・」
「さっき、見たのよ。本棚の本はむき出しにみんなブックカバーが付いてないけど、一冊だけ紀伊国屋書店のブックカバーがしてある本があったのよ」
 すたすたと菜穂は奥へ入って行った。しばらくして、意気揚々と右手に本を握りしめ菜穂が帰ってきた。確かに金伊国屋のブックカバーがしてある。
「これまた何のヘンテツもないわね。あれ?なんかこのブックカバー変よ」
 菜穂は本からブックカバーを取り外した。
一枚のちいさな紙切れが出てきた。白い紙切れに青いインクで書いてある。

『暗号ごっこ』に付き合ってくれて、ありがとう。
         『愛してる』中学二年生の優より○○歳の菜穂へ

 二年前、優が中学二年生の時に書いたものだ。十六歳さえうめれば内容はすべて同じだ。確かに途中から菜穂が優の『暗号ごっこ』に本当に付き合ってくれていた。『愛してる』。

「なーんだ、やっぱり優の悪戯か。でも、中々、楽しかったよ」と菜穂。
「なんか、恥ずかしいなァ」と優。
「中二の頃って、今と変わらないね」
「あァ、放課後、数字当てゲームやリーチゲームをやっていたね」
「優、ずっと二年間、家の柱に白い紙を貼っていたの?『る・ち・せ・え・お』と書いて」
「あァ、そうだよ。恋のお守りみたいなものだよ。見つからなくてもいい。それでも、ワクワクしていて、俺ってナルシストかな。前に二、三回、菜穂が家に来た時は、恥ずかしくて、ほっておいたら、気づかなかった。今日、菜穂が来るというんで、どうかなと思って、あの柱に誘導してみたんだ」
「それから『暗号ごっこ』が始まったのね。愛してるか、嬉しかったわ。もちろん、私も、あ・い・し・て・る・わ」
 菜穂は、いたずらっぽく、左目をつぶって優にウインクした。