もし、冴子と志郎が他人同士であったなら

(ちなみに緑が書いたショートショート)

 

 冴子と志郎は大学二年生。今年二人は成人式を迎える。今日、冴子は何だか機嫌が悪い。大学の講義が面白くないだの昼飯がまずかっただのアルバイトの時給が安いだの不満ばかり言っている。冴子は今、殺風景な志郎の二階部屋にいた。

「相変わらず簡素な部屋ね」と冴子。

「まァ、男の部屋だからね」と志郎。

「エロ本はどこに隠してあるの?」

「おいおい、俺の部屋をいじるなよ」

 冴子は何か変である。イライラしている。何となく志郎それに気づいている。原因はまったくわからない。冴子は勢いよく志郎のベッドにジャンプして大の字になる。

「ここは、アリフレアイス王国よ」と冴子が言う。

 いつか、二人で名付けたっけ。時々、冴子は志郎の部屋のことを『アリフレアイス王国』と呼ぶ。しかし、志郎はその由来をもう忘れていた。

「どういう名の由来だったっけ?」

「えっ! 覚えていないの? 信じられない」

 冴子はそれ以上、追求しない。とにかく今日の冴子は、いつもと違う。生理だったっけ?大学の帰り急に志郎の部屋に来ると言い出した。さっきから、ずっと一人で喋っている。大学で何か問題があったのか。

「この部屋、暑いわね」

 冴子は卸し立ての真っ青のジーンズにピンクのブラウスを着ていた。

「確かに今日は暑いね」志郎は部屋に寝ころがって週刊誌を読みながら言う。

「私達が高校生の時、高校の近くにある白立山の中腹にある公園で話をしていたら、急に私が泣き出したのを覚えている?」

「あァ、あの時は驚いた。突然、冴子が泣き出したもんな」

「あの時、場所を少し変えたの覚えている?」

「あァ、いや、ちょっと物静かな神社付近で、落ち着いて話をしたな」

「ふーん、ちゃんと覚えているのね」

「いまだに解けない謎だよ。なぜ、冴子が泣き出したのか」

「暑い、暑い」と言って話の途中で、冴子はブラウスまで脱いで、上半身ブラジャーだけになって毛布にくるまっていた。七月初旬であった。

「何か下品だぞ」と志郎が冴子に言った。

「誰も見てないわよ」

「俺が見てる」

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「『アリフレアイス王国』って確か二人で名付けたわよね」冴子は話を変えた。

「そうだったよな」

「ホントに忘れたの? 二人で夢中になって、あれこれと放課後、遅くまで色々と考えたじゃない」

「あァ、それが、残念ながら、思い出せないんだ」

「ただの略よ」

「略?何の略?」

「そんなにたいしたことじゃないけどね。『ありふれた、ふれあいを、愛す』の略。アリフレアイス。その王国。アリフレアイス王国。それがここ、志郎の部屋よ」

「あァ、そうだった。俺、やっと思い出したよ。完全に忘れていた。アリフレアイスか」

「じゃあ、高校の時、神社付近でなぜ私が泣いたのか、教えようか」

「アリフレアイス王国に関係あるの?」と志郎が訊いた。

「ないない、全然まったく関係ない話よ」と冴子が言う。

「うーん、神社に関係があるの?」

「うーん、神社には関係ないけど、そのたまたまの立地の環境に関係あるといえばいいのかな」

「そのたまたまの立地の環境?」

「女の子が人目のつかない静かなちょっと暗い所に話す場所を変えようと言って、神社付近に行ったのよ。好きな男の子と。機転をきかして、せめてキスくらいしてくれてもいいんじゃないの?」

「・・・・・・」志郎はビックリした。

「それなのに志郎ったら、ああでもない、こうでもないと、どうでもいい話ばかりして。私の純情な乙女心は一体どうなるのよ。凄く勇気いったのに。思わず涙が出てきたわ」

暗がりで他の人にわからないように冴子が志郎にキスをしてもらいたかった。そうだったのか。まったく気づかなかった。

「そして、今、ここ『ありふれた、ふれあいを、愛す、王国』『アリフレアイス王国』で若い女の子がベッドの上でブラジャー姿になっているのよ。ここは『ありふれた、ふれあいを、愛す、志郎の部屋』なのよ。『スキンシップをこよなく愛す、肌と肌のふれあいをこよなく愛す、二人の愛の部屋』なのよ。また私を泣かせる気?」

 そういうことなのか。全然気づかなかった。志郎は腕を組み考えた。やっとわかったよ。あの時、高校生の時、冴子は志郎と純粋にキスがしたかったのだ。言うに言えない純情な乙女心。今日という日は予想外のとても激しく暑い一日となりそうだ。惚れられている。とても嬉しかった。志郎も段々と燃えてきた。ここはアリフレアイス王国という俺の、二人の愛の部屋なのだ。志郎はこれから可憐な美しい花を心から慈しむように包むように、冴子を愛そうと思った。冴子は志郎の気持ちの変化に気づいて、これから始まるさわやかな青春ラブロマンスに胸を弾ませ、いつもの冴子に戻っていた。冴子は、とても明るく清々しい顔をしていた。

 

                                      完

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旅の途中で、黒木志郎は自分の人生について考えていた。

 俺は、一生このまま独身で本当に孤独な狼で終わってしまうのか。

 結婚がすべてじゃない。

 愛している人といっしょになれないのなら、当然俺は独りでいる。

 でも、愛する人と結婚したい。

 そして、その相手は冴子以外に考えられない。

 だから結婚はありえない。

 この堂々巡りに果たして解決はあるのか。

 俺は独りが恐いのか?

 これがロンリーウルフか。

 そんなはずはない。

 

 その頃、明は順と結婚して、彼女を幸せにできるのだろうかと考えていた。

 今の俺の力で果たして何ができる。

 お互いに愛し合っているだけで簡単に結婚していいのだろうか。

 俺には何か自信がない。

 とにかく今の俺ではダメだ。

 今の俺は男としての魅力がない。

 そんな奴に順と結婚する資格はない。

 だがしかし、黒木志郎は、お互いに愛し合っていても結婚できないのだ。

 明は自分自身の甘さを痛感した。

 黒木と俺では、俺の方が遥かに幸せだ。

 俺は努力が足りないのだ。

 もし俺が黒木だったら、毎日荒れた生活を送っているはずだ。

 だが、黒木はきっと今回もなんとかして、這い上がることだろう。

 ならば、我も行かん、黒木とともに、這い上がってみせるぜ!

 

 黒木志郎は旅の空から、火野明と立花万丈のことを思った。

 このままじゃ、奴らにおいていかれる。

 そんな気持ちが心をよぎる。

「しっかりしろよ、ロンリーウルフ」と風が通り抜ける。

 見ろ! 空から万丈が微笑んでいるぜ。

 見ろ! 空から明が微笑んでいるぜ。

 大切な仲間がいる。

 助けを求めれば、駆けつけてくれる奴らがいる。

 万丈・明達・・・・・・・・・・・・・

 そして、奴らに恥じない存在でいたい。

 そう、俺はロンリーウルフ。

 もっと自分を信じろよ。

 今まで、そうしてきたし、これからもそうだ。

 人生、逃げても逃げ切れないぜ。

 ならば、自分を信じて、どこまでも戦い続けろ。

 俺は、天下のロンリーウルフ。

 俺は立花や火野に負ける訳にはいかない。

 勿論、苦しい時は、今回のようにお互いに助け合う仲間だが。

 仲間だからこそ同等でありたい、いつも平等な関係でありたい。

 奴らとどんな時も、さわやかに、いつでも、心底、笑いあいたいのさ!