幻想小説 霧島檸檬ノスタルジア

 

俺は自宅浪人という不安定な日々を送っていた。
時折、小・中・高校の同級生と集まって、トランプの「カブ」というゲームをお金

をかけてやっていた。

俺、飛島右京、春奈春賀、黒木信玄といった面々である。カブをしては、いつも右京の一人勝ちが続いた。右京にカブは合っているようだ。俺はカブには向いていない。トランプをめくる時、顔に出るのだ。
「俺はメチャクチャな人生を送りたいんだ」
と飛島右京が言った。
「メチャクチャねぇ。例えばどんな?」
 俺の代わりに春奈春賀が質問した。
「説明できないな。とにかくスケールの大きな人生さ」

右京は目を輝かせてる。ここは飛島右京の家。もちろん右京の部屋。その部屋の中に飛島右京、俺こと青木優、春奈春賀、そしてもう一人、黒木信玄の四人がいた。
 右京のお袋さんが夕方に近くの店から、いつも出前をとってくれた。これがまた非常においしかった。五種類くらいメニューがあり、俺は悪いなと思いつつもいつも楽しみにしていた。
 俺達は小・中・高校の同級生である。俺は浪人生。飛島は大阪のデザイナー学校の生徒だ。春奈は東京の私立大学、黒木は地元の国立大学に通っていた。
 俺達は住む場所も学ぶ場所もバラバラになったが、時折、例えば夏休みや冬休みに、主に右京の家に集まって青春を語っていた。
 (いつかは誰でも愛の謎が解けてひとりじゃいられなくなる・・・・・・)
 右京は佐野元春の「SOMEDAY」の歌詞を歌う。意外とロマンチストなんだな。というよりは今、ホントは愛を心から求めているのか。

 右京は高校を卒業して一年間いろんな音楽、洋楽邦楽関係なしにホップスやロックに染まっていた。
 よくブルース・スプリングスティーンの「ボーン・トゥ・ラン」や「ザ・リバー」などを聴いていた。あの頃、ジェイ・ガイルズバンドが前座をしていたんだから、ブルースはやはりすごい。それからビリー・ジョエルの「オネスティ」や「夜のとばり」、なんといっても「ストレンジャー」を好んで聴いていた。
 邦楽もよく聴いていた。佐野元春は大のお気に入り。「ナイアガラ・トライアングル」や、まだ売れていない尾崎豊を右京はプッシュしていた。「ナイアガラ・トライアングル」では大瀧詠一・山下達郎・伊藤銀次、「ナイアガラ・トライアングル2」では大瀧詠一・佐野元春・杉真理が参加していた。「ナイアガラ・トライアングル2」は結構売れた。

俺個人としては、洋楽はTOTOやジャーニー、エアサプライ、邦楽は浜田省吾や村下孝蔵、サザンオールスターズを聴いていた。
 ある日、右京はデザインの道に進むと言い出し、大阪にあるデザインの専門学校に通っていた。
 俺、飛島右京、春奈春賀、黒木信玄は右京の部屋でベロベロに酔っ払っていた。四人の若者はこれといって何をするでもなく、ビールをひたすら飲んでいた。
 一人五本だから二十本といった計算になる。その日集まった意味は別にない。ただ右京が集合をかければ誰も逆らわない。逆らえないといった感覚か。
 春奈は自転車のことを語り始めた。そういえば将来、自転車屋になりたいといつか話していたな。黒木は将来、大学院に進むべきかどうか喋っていた。
 俺はというと、最近ふられた女のことをメチャクチャに腐していた。
「一度、惚れた女性のことをそんなに言うのはよくないぜ」と右京が俺に言った。
 的を射た言葉に俺はなんだかバツが悪かった。それから俺はその女を話題にしなくなった。なかなかいいこと言うじゃないかと、右京のことを感心してみたりした。

「なんかお勧めのレコードは?」俺は右京に聞いた。「うーん、一家に一アルバム、『ボズ・スキャッグス』かな」
「じゃあ、邦楽は?」
「もちろん『No Damage』、佐野元春」
「じゃあ、俺も『No Damage』買って聴いてみようかな」
 (いつかは誰でも愛の謎が解けてひりきりじゃいられなくなる・・・・・・・・・)
 右京は佐野元春の「SOMEDAY」の歌詞を再び歌った。

 次の日、俺はレコード店に行き、佐野元春の『No Damage』というアルバムを買った。それから、しばらく佐野元春のレコードを聴いていた。聴いていて何か面白かった。
 例えば「アンジェリーナ」という曲では「アンジェリーナ 君はバレリーナ」とか「車にくるまって」とか駄洒落かよと思わせたり「彼女はデリケート」という曲では曲の冒頭で魅せられる小声の語りがあったりした。
 今にして思えば、「Down Town Boy」を青木優的にはA面、B面、正確にはガールズ ライフ サイド、ボーイズ ライフ サイドに入れて欲しかった。
「Down Town Boy」という曲を元春は二曲作っているのだ。仕上がりがほんの少し違う。だから両面に違う「Down Town Boy」を入れて欲しかったのだ。そして、この曲は元春自身すごく思い入れのある曲なのだ。だから二曲になってしまった。
 この年齢になっても元春のレコードやカセットテープがまだ家にあるということは、右京のお勧めは正確だったみたいだ。
 春奈春賀は、毎日自動車教習所に通っていた。自動二輪の大型免許を取ろうとしていた。春奈は親父がポルシェを持っていて、時々ポルシェを運転していた。