ショートショート檸檬の書心画也
俺は、仕事帰り居酒屋によって、酔っぱらって気が付けば、いきつけのあるキャバクラの中にいた。俺の名は桜木エイジという。キャバクラの中でも、俺は一人でグイグイ飲んでいた。そのうち寝てしまった。キャバクラに早く来すぎてしまった。
「お客さん、お客さん」誰かに肩をさすられて俺は起きた。
「大丈夫ですか? ひどく酔いましたね」ニコッと眩しい笑顔の浴衣の美人が言う。
ここは浴衣姿の店なのだ。俺は何だかドキマキして、「芝居、芝居だよ」と答えた。
「なーんだ、よかった。安心しました」またまた眩しい笑顔で答えた。
「名前、何て言うの?」
「檸檬」と彼女は答えた。
「俺、桜木エイジ」
「お互い、何かの主人公みたいな名前だね」
「ふふっ、そうだね。これから二人に何か起こるかね」
「それはないわ。お互い別次元の主人公」
「それって、みんなに言えることじゃんか」
「ピンポン。正解。だから、エイジさんには抱かれない」
「そうか、残念。俺達の出会いって何かな?」
「もう少し、お話しましょう」
「では、檸檬の趣味は?」
「うーん、書家の卵かな」
「ショカ?」
「大学で書道を少し習っているの」
「ふーん。作品を見せてよ」
檸檬はスマホを取り出し、これまでの様々な色んな書体の作品をエイジにみせた。
「スゲー。まるでプロじゃんか」エイジは唸った。
「ありがとう。一生に一度の作品達です」檸檬はまた微笑んだ。
「もうすぐ、令和ですね。平成と令和の架け橋になるような、人と人の心を繋ぐような作品を書いてみたい」
「檸檬ならできるよ」
「私の何を知っていますか?」
「じゃあ、俺の何を知っている」
「私、エイジさんの心が見たいなァ」
「俺の心?」
「エイジさん、私の手に『桜木エイジ』と書いてみてください」
「なんだ、なんだ」
「字は人を表すって言うでしょ。ちょっとしたおまじない」
そう言った檸檬の瞳に雷が落ちたように瞳が強烈に輝いた。眩く美しかった。俺はこの娘に取り込まれていった。俺は檸檬の手のひらに、ゆっくりと愛の呪文を書くように『桜木エイジ』となぞった。それから、檸檬は俺を見つめて、しばらくの間だまった。檸檬はまるで水晶玉を見つめて、人の人生を占う占い師のようだった。
「エイジさんは、詩人なのね。本を二冊出版している。それから、星新一が書くようなショートショートも書いているのね」
「おいおい、なぜ、そんなことがわかるんだい」俺はびっくりした。
「いくら字は人を表すといっても・・・・・・・・」
またまた檸檬はニコッと笑う。これで何回目だろう檸檬スマイル。
「心が綺麗な人しか見えないのよ」
「ふーん。信じられんが檸檬を信じてみるか」と俺。
-
※ ※ ※
それから、エイジは二週間に一回檸檬に会いに行く。檸檬に自分の書いた本を批評してもらったりした。
「字は人を表すって、前にエイジさんに言ったけど、檸檬にとって本当はもっと心に突き刺さる深い言葉があるんです」と、檸檬は言った。
その言葉は『書心画也』(しょはしんがなり)。書は心の画なり。
意味は、文字は、書いたその人の心をそのまま反映しているということ。
「だからね、私が書く文字は、その時その瞬間にしか書けなくて、もし心が病んでいたら、字はおのずと病んだ字になるのよ」
「ふーん、それって、書道だけじゃないよね。俺が書く文章もそう。だけれども、簡単にパソコンで修正できるからな。檸檬が書いた文字は正真正銘の一度切りのものか。それだけに奥深く素晴らしい。病んだ作品は嫌だけれど、メチャクチャ凄い傑作もできる」
「そうなの。檸檬はこの世に唯一のものを書きたいの。それも堂々と誇れる。そして、エイジさんも、文章を書いている。だからね、エイジさん、お互いに頑張ろうよ」
「あァ、書心画也の心で、今この瞬間を表現しよう。チャレンジしてみるよ。檸檬みたいな一度の勝負じゃないけれど」
「私、書心画也の心で、正真正銘の一度切りの書をこの世に残したいわ」
「檸檬、今俺、心が高ぶっているよ」
「表現するってことは、崇高なことなのよ」
「俺、何を表現しよう?」
「檸檬に決まっているじゃないの。表現者、エイジさん。エイジさん、檸檬のとりあえずの目標が、わかりますか?」
「いや、まったく、わからない」
「全紙に『修道』って字を書きたいの。完成するには、何百回何千回かかるのだろうか」
「修道?」
「えぇ、意味は学問等を学び、身につけること」
「檸檬、ますます偉くなっちゃうな」
「書が書きたいだけです。何日かけてでも」
「俺は、道義をおさめたいね。それも修道って意味だろ。無理かな。檸檬の修道の書に期待するよ」
「では、エイジさんは、道を修める小説を書いてください。長めのショートショートでもいいわ」なぜだか、二人は無邪気にはしゃいで遠くて近い夢を語り合った。キャバクラで二人は出会った。芸術家の卵といえば芸術家の卵。表現者といえば表現者。互いに高め合い生きてゆく。ただ書を書くだけ。ただ文章を書くだけ。奥はメチャクチャ深い。だけれどもどこまでも夢中になれる。明日はきっといいことがあるだろう。明るい日と書くから。なんちゃって、だじゃれじゃないが、日々、きっと素敵な日で繋がっている。
檸檬とエイジは恋人同士ではない。ただ創作面において心が通じあった。そんな分野での恋人同士というのも素晴らしいものではないだろうか。平成と令和の架け橋になるような、人と人の心を繋ぐような作品を書いてみたいのです。