檸檬∞

 

 俺こと矢吹徹は酒に弱い。

そのくせ、金曜日の晩はいつも居酒屋に行き、ビールの中ジョッキを色んなつまみを食べながら、四、五杯飲む。

その日、気が付くと、キャバクラの中にいた。

とびきりの美人が俺についていた。

年齢は二十五、六歳といったところか。

俺は嬉しくて、夢中で話していた。

「徹さんだっけ、すごく元気がいいんですね」

「檸檬といっしょにいると楽しくて楽しくて」

「さっき会ったばかりなのに、もう、ゲンキンね。・・・・・・・・徹さん、趣味は何ですか」

「俺さぁ、四十歳になって、ものを書くようになったんだ」

「ものを書く? ひょっとして小説家さんですか?」

「いいや、そんな大それたものじゃないんだ。A4、2枚のちょっとしたショートショートかな」

「でも、凄い凄い。私なんて何も書けない。書道は少し書けるけど」

「えっ! 書道! 俺、書に興味があるんだ。どんな書を書くの。データあるなら、見せて」

檸檬はスマホから、データを見せた。

「これは、何?」

「私の書いたものじゃあないけれど、まずは書の長い長い歴史の授業ね。これは甲骨文字、カメの甲や獣類の骨に刻まれた中国最古の文字。これは、金文。鉄器、銅器、など金属器に刻まれた文字や文。やがて、現在、最も標準的な書体とされる楷書は唐のころに完成された。さてさて、これが私の書いたデータです。どうですか?」

「いや、凄いよ。こりゃ、俺、ショートショート頑張らなくっちゃ」

「徹さん、お互いに、頑張りましょう。私の為にショートショートを書いてくれませんか」

「何か、勘違いしているよ。俺の文章は子供の文章。頑張ってはみるけど」

「キャー、ホントですか。都合のいいお願いですが、檸檬を主人公にしてもらえませんか」

「檸檬ねぇ。まったくのフィクションなら、できるかなァ。あまり期待しないでくれよ」

「期待しないけど、期待します。ショートショートって、書くのにどのくらいの時間がかかるのですか?」

「数時間でできる時もあれば、結局、書けない時もある」

「そうですか。あまり、贅沢、言っちゃあいけないか」

「ところで、檸檬はその書をどこかに展示することはないのか?」

「大学生の時、県立美術館に展示したことがありますよ。知らない人がずっと檸檬の作品を見つめていてくれて、嬉しかったです。実はその人に話しかけたんです。この作品、私が書いたんですって」

「その人、なんて言った?」

「この書に心が惹かれたんだって、メチャ、嬉しかった」

「それって、ホントの一期一会だね」

「ホント、世の中の一期一会に乾杯! 徹さんとも一期一会ですね」

「あァ、産まれてきた時には、こうして出会うなんて、思うこともなかった。色んな事を大切にしたいと思うよ」

「実はですね。あそこで接客している女性がいますよね・・・・・・」

「あァ、あの髪の長いかわいらしい女性か。なになに?」

「檸檬の姉です」

「本当に? 美人姉妹だね。名前は?」

「遥」

「男のような名でもある。作家に高千穂遥っているよな」

「しーらない。浮気しないでくださいね」

 

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俺こと矢吹徹は、家でもくもくと檸檬用のショートショートを書いていた。

 書に関するショートショートを書いていた。

檸檬は二十五歳、俺は四十歳。

十五歳も年齢が離れている。

 愛情があれば年の差なんて。

魅力があれば年の差なんて。

 なぜ生きる。

 生きるために。

 輝くために。

 自分自身になるために。

四季がある。

春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬に。そして、また春になる。

まるで、季節の中で脱皮しているようだ。

宇宙が成長して脱皮しているのだ。

大宇宙の一部である俺も自分自身になるために、春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へ、そして、春になる、俺になる、俺自身になる。

俺は今まで歩んできた道からさらに一歩前に進みたい。

 

俺はこの前約束した今日の今、キャバクラを訪れ、檸檬を90分指名した。

「本日、檸檬さんは急遽、風邪で休みです」

 えっー! と俺は思った。

そして、反射的に言った。

「遥さんを願いします」

 

「初めまして、矢吹です」

「私、知っているわ。檸檬から聞いている。檸檬はあいにく休み。もしかして、檸檬が頼んでいたショートショート持ってきてくれた?」

「遥さんて、不思議です。人の心が見えるような」

「ショートショート預かっておくわ」

 遥は俺のバックを指さして「ここに原稿が入っているの」

「わかった、わかった、ちゃんと渡してね」

 こともあろうに原稿を受け取った遥は、パラパラと目を通し、真剣に読み出した。