「いいえ、小さい頃読書ばかりしていたの?」

「悪戯も結構したし、またされたりもした。駄菓子屋でコンクリートなんかにぶつけると爆音がする小さな玉をたくさん買って道路にばらまき、自動車が来るのをじっと隠れて待っていたりした」

「どうなるの」

「爆音とともに車が急停止したよ」

「車にひかれたりしたら、人が死ぬじゃないの。それって犯罪よ。とても危険よ。人と車が接触したら人が死ぬかもしれないわ」

 緑の顔が青くなった。

「あァ、実はかなり危なかったさ。運よく事故など何も起こらなかった。反省したね。あの遊びは一度きりさ。また、キツイ彼女に小学校の頃、思いっ切り、階段から突き落とされ全身を打って、流石の俺も、あまりの痛さに泣いたこともあったね」

「志郎クンを泣かすなんて、凄い彼女」

「俺よりワンパクな女だったが、今どこにいるやら音信不通さ」

「子供の頃、健一はどうだったの」

「兄貴は俺に輪をかけてメチャクチャさ。俺の喧嘩は兄貴仕込み。優等生で頭も良かったが、一度キレたら手かつけられない。俺がこの世でたった一人怖い男、今、俺がタイマン勝負して、完璧に勝てない男、それが黒木健一だ。今こそ紳士に見えるけどね」

「信じられないわ。何が彼を変えたの」

「さァ、俺もわからない。ただ、『いくら腕力があっても、この世には勝てないものがいくらでもある。人の役に立つ人間になりたい』なんて急に言い出した」

「人の役に立つ人間か。なんかわかるような気がする。私もそうありたい」

「そして兄貴は少しずつ変わっていった。実際、人の役に立っているかどうかは俺には、わからないけど」

「黒木兄弟って面白いわ。というより楽しいのよ、いっしょにいて」

「そうかい。緑さんの方がよっぽど楽しいよ」

「どこが」

「美しすぎて」

「何チャラケているの。答えになっていない」

「でも嬉そうじゃん。単純、単純。あまり変な男に騙されんさんなよ、別嬪さん」

「別嬪より、イケテルが好きかな」

「緑さんは裏のない人間なのさ。今まで、人を陥れようなんて考えたことある?」

「さァ、どうやって人を陥れるの」

「その言葉で十分だよ」

「何が」

「案外それがわかれば、いい小説や絵本が作れるかも。世の中の裏を知ったその上で純粋なものを作る。・・・・・・・・・・・・・気にしないで。独り言、独り言。冴子がいなければ愛しちゃうぜ」

「志郎クン、まだアルコールが抜けていないのね。まだ、少し酔っているの、大丈夫?また今度、話しましょう。私そろそろ寝るわ。ちゃんとシャワー浴びるのよ。おやすみなさい、志郎クン」

 

緑と志郎は、毎晩寝る前に色々なテーマで会話をするようになった。

「今日はどういうテーマだい」と志郎。

「絵本のテーマ。新しい絵本の命よ」

「難しいね」

「そうでしょ」

「小説なら簡単だが」

「小説ならテーマは何」

「生きる」

「志郎クンって生きるばっかし」

「国語辞典を引いてみろよ。小説の意味がちゃんと書いてあるぜ。『小説とはいかに生きるべきかを書いたものである』それを色々な手法で作家が表現すればいいと思うよ。だが絵本だ。相手は子供だろ。『生きる』は難しい。俺だったらどうだろう。あるちょっとした出来事から生まれた友情みたいなものかな」

「友情か。私だったら・・・・・・・ダメだ。浮かばない」

「今まで何を作ってきたのさ」

「家族のほのぼのとしたふれあいかな」

「それもいいね。でも俺達ってかたすぎるかもな。絵本だからいろいろな空想物語でもいいのか。その中に子供達へのメッセージを入れればいいのか。空想物語と主人公という現実の存在とメッセージ、イコール、テーマ。緑さん、絵本の手法ってこんな感じかな。俺の考えって、ちょっと型にはまりすぎかな。いかにも素人?」

「そうね。でも私の作るものは、現実の主人公・物語・テーマ。こればっかりは人それぞれだと思うわ。私は我流で今まで賞をもらったこともない。ただ書くこと、作ることが大好きなの」

「ピンポン、正解。緑さん、たとえ売れなくても信じた道を進みたまえ」

「そういうことか」

「そういうこと」

 ニコッと志郎が微笑む。

(なんて無邪気で純粋な笑顔だろう)読者をこんな気持ちにさせる絵本を作りたい。

 世の中の裏なんて知りたくもない。

「何考えているの」