缶コーヒー
冬は寒い。当たり前だ。だが、転勤(と言っても隣の区へ変わっただけだが)で、一時間早く、出勤するようになり、冬の寒さが一段とこたえた。
玄関を出て、近くの駅までの道程は変わらない。
時々、見ていたゴミ袋を出すオバサンも、まったく会わなくなった。しかし、年々日々、見かける初老の男性は、今も会う。
冬の日は、家の敷地内で火をたいて、何をするではなく火にあたりながら立っている。
十年ぐらいまでは、お互いに挨拶をかわしていたのだが、どちらからともなく、「おはようございます」と言わなくなった。
ただ、必ず目と目を合わす。
それも、俺の気のせいかもしれない。
それとも、何か通じるものがあるのか。
ただ、わかるのは、俺の人生などより、様々な事を経て、人間としての大きな歴史を持っているということ。
『お互いに年をとったね』
そんなことを考えながら歩いていたら、JR駅に着いた。早い列車でも、あいかわらず、ぎっしりと混んでいる。
満員だ。若者の多くは、携帯電話をいじっている。が、今日は特別で、そんな余裕はないようだ。
「倒れる心配がないよー」と女学生が黄色い声で友達に言う。
俺はどうにかつり革を握っていた。
ゆれに弱いのだ。
でも、たった二十分の辛抱だ。
降りたらバス停まで、走らなければならない。ギリギリの時間である。今日はラッキーなことに席に座れた。
川辺りをバスは、しばらく走る。
途中で小学生がたくさん降り、急にバスがガラガラになる。
結局、俺は左遷されたのだ。ある日、上司が言った言葉が思い出された。
「君は、仕事でもトラブルが多いうえに、家庭でも奥さんと、うまくいっていないそうだね」
悔しかった。本当は上司を殴りたかった。しかし、返す言葉がなかった。その通りだ。もう離婚は避けられない。秒読みの段階である。
結婚したての頃がままごとのように思えてならない。こんな結末が待っているとは。さらに仕事の成績も最低ラインだ。どう考えても左遷は当然のことであった。
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このバスには、きまりきった路線がある。俺の人生の路線は、これから、どうなるのか。
うとうとしている間に、外では雪が降り出していた。
このまま果てしなく遠くまで行ってしまいたい。そんなバカげた衝動にかられた。不思議なことにバスの中が非常に、心地良いのだ。
と思っていたら、突然バスが止まった。
どこかが故障したみたいだ。
運転手も会社に連絡をとった後、困りきったままである。十分もすれば、直ると思っていた俺も非常に困った。次のバスも、まだ来ない。
俺は、降り走り出した。
ここまで来たらそんなに遠くない。
遅刻するわけには、いかないのだ。
高校時代、陸上部で中距離ランナーだった俺は、遅刻せずに会社へ到着することを確信していた。
服は、雪まみれで、ハァハァいいながら、ロッカーで作業着に着替える。
どうやら、間に合った。ホッとした。仕事始業のベルとともに、いつものように仕事が始まった。
対面の二歳年上の女性が俺に缶コーヒーを差し出した。俺は、「ありがとう」と言って缶コーヒーを受け取ったが冷たかった。
当然、暖かい缶コーヒーだと思っていたので少し驚いた。
「バス停で、あんまり寒かったのでカイロがわりに買ったのよ」
きょとんとしている俺を見て、ふふっと笑った。彼女の無邪気な笑顔が、なんとも面白かった。能天気な女性だなぁ。こんな女性もいるんだな。こっちまで気が楽になるよ。
二つ年上の彼女があどけない少女にも見え、又さらに俺よりずっと年上にも見える。まるで手品を見ているようだ。彼女の無邪気な笑顔は不思議だ。人生経験という奴か。
笑顔にも心からの笑顔と駆け引きのある大人の笑顔がある。この人にも、その毎日元気な無邪気な笑顔の裏に、きっと俺の知らない色々な歴史があるのだろうな。俺なんか大人の笑い顔をしなくてはならない時にそれができない時がしばしばある。どんな時もいつも無邪気な笑顔のこの女性は素晴らしい。
彼女を見ていたら、急に俺の人生の路線はバスの路線ではなく俺独自で、俺がこれから切り開いてゆかなければならないのだと思った。人生、逃げても逃げ切れないのだ。前からわかり切っていた。急にアラン・シリトーという作家の小説『長距離ランナーの孤独』が頭に浮かんだ。俺は『中距離ランナーの孤独』というところか。『長距離ランナーの孤独』という物語の主人公は、寒い中、走ってゆくうちに凍えた身体が自然と暖まってゆくのだが、『中距離ランナーの孤独』という俺は、身体が凍えたままなのか。
このままではいけないな。よし、可能であれば、初心に帰って、妻ともう一度、将来を話し合ってみよう。彼女がくれた缶コーヒーを味わいながら、ふとそんなことを思った。それにしても、この缶コーヒーはビターで冷たいね。