この日のことは

 

特に深く覚えてはいません

 

当時の和陀何夢はX JAPANの「hide」に、

 

それほど詳しかったわけでも、興味があったわけでも

なかったから。。。

 

結婚一年目で、7月には長男が生まれようとしていたから。。。

 

 

人生はどこでどう転ぶか・・・

 

どこでどう繋がるか・・・

 

 

hideが亡くなって、およそ一年後、

 

和陀何夢は鬱病と診断されます。。。

 

発症したのではありません。「診断」されたのです。

 

それから6年の歳月を、鬱病として、病人として暮らしました。

 

10年とか20年とか、鬱病でふさぎ込んでる人はいくらでもいます。

 

だから6年で抜け出せたのは不幸中の幸いだと思います。

 

結果的に抜け出せた一番の要因は、

 

薬をやめて、漢方を飲み始めたことだと思います。

 

みるみる不調は改善され、抜け出せました。

 

 

ある日の朝、

 

ハッキリとわかったんです。

 

~ もう大丈夫だ!新たな人生が始まる!!~

 

と。

 

その時の、朝日の眩しさとすがすがしさを今でも鮮明に覚えています。

 

 

鬱病から抜け出す、数か月前のことでした

 

ある朝、夢から覚め、

 

そして、泣いていました

 

涙が溢れてたのです

 

心がとても温かく、救われた気持ちでした

 

その喜びと、安堵の涙でした

 

 

夢の中で和陀何夢は、野外コンサートのステージに上がり、

 

この歌を歌ったのです 

 

 

 

hideに支えられながら・・・彼と一緒に

 

 

 

 

 

ステージの裾で和陀何夢はもじもじして遠慮して

ステージに誘われても上がれませんでした

 

hideは笑顔で、ステージに引っ張り上げてくれたのでした

 

なぜ、この歌だったのかはわかりません

 

hideが、私に問いかけてくれていたのかもしれません

 

私の名前は「秀昭」といいます。

 

私の親父の名前は「秀人」

 

 

その日、和陀何夢は、hideのベストアルバムを買いました。

 

ネットでhideを検索し、

 

いろんなhideを知りました

 

私も、正直、自殺しようと考えていました

 

まだ幼い子供と嫁さん、親、兄弟、友達・・・

 

この世に、別れを告げる決心を

 

 

hideが食い止めてくれたのかもしれません

 

「TELL ME」

 

声にならない言葉を

 

hideが聴いてくれたのでしょう・・・

 

それから数か月のち、私は暗闇の迷路から抜け出ることができました

 

 

ありがとうhide

 

Singin' my song for me・・・

 

Singin' your song for you・・・

 

 

 

 

愛と感謝をこめて☆

和陀何夢

 

 

PS:明日、路上ライブ出向きます

   昼前に大曽根

   状況により金山に移動する予定です。

   お逢いできること楽しみにしています。。。