会計が測定対象とする経済活動の担い手である経済主体は、その主たる目的が利潤追求であるか否かにより、営利組織と非営利組織に分けることができる。

前者の営利組織は一般に「企業」とよばれ、小さなものは個人商店から、大きなものは証券取引所に上場されている巨大な株式会社までがこれに含まれる。
これら企業の経済活動を対象とする会計を企業会計という。
他方、後者の非営利組織には、個人の家計をはじめとして、国や地方自治体の行政機関および学校法人・宗教法人などが含まれる。
これらの組織について行われる会計が非営利会計である。
企業というものは、そもそも利潤追求が目的であるから、その経済活動には利潤追求の手段である営業活動が含まれる。
費用は営業活動での努力であり、収益は営業活動の成果である。
収益・費用はフロー項目であり、収益から費用を差し引いて利益を計測する方法を損益法という。
これに対し、ストック項目である資本の期末時点と期首時点の貯蔵されている量を差し引いて利益を計測する方法を財産法という。
すなわち、期首の資本の貯蔵されている量というものはメルクマールとなるもので、期末時点において、このメルクマールを上回っていれば純利益であり、下回っていれば純損失である。
期首時点の資本と期末時点の資本は違うものといえるが、資本という意味では同じだといえる。
このあたりが理解できないと資本というものがわからなくなる。
期首時点においては資本は、資本主が出資した経済活動のために自由に使ってよい資金である元本・元手(もともとの資金)であるが、期末時点においては、元本から得られた果実までが資本となる。
ここで一度この動画を見てみよう。

 

 (゚Д゚)愛猫ロボ「サーバル」をもらった時点ともらった後の時点の子供。「もうあきてる…」

どの時点でもサーバルはサーバルなのだが、子供の満足度は低下して変化している。

あきるものとあきないもの。

「商いは牛の涎」という言葉があるが、商いでもあきるものとあきないものを売ることが考えられる。

「平和」についてもある一時点においての状態であり、世界の状態は変化するともいえるだろう。

しかし、サーバルがサーバルであるように、変化しているのは評価する人間の側なのだ。

法は動的というのも一面では真理であるが、そのために、平和という定義(ストック項目)までが動的(フロー項目)と捉え戦争状態を平和と定義するのは間違いといえるだろう。

これはこの「こんな人たち」の写真をみてもわかるだろう。

自分でこう定義しておきながら、自分は相手を指さすのと同じなのだ。