気がづいたらトイレにいた。
かすかな明かりが部屋を照らしていた。窓は無く目の前にはドアはあった。開けようとドアノブをつかみひねってみる。
しかし外から鍵がかかっているのか、開かない。内鍵らしきものもない。何度も叩いて叫んでみる。
「すいませーん!誰かいますかー⁉︎すいませーん⁉︎」
しかし、誰も来る気配がない。何も反応はなくしーんとするだけだった。
俺はここに来た経路を考えた。
昨日、会社の宴会で酒を飲みトイレに行った。そこから記憶はなくなっている。きっと飲み過ぎてしまい、便器に座ったまま、うたた寝をしてしまったのだろう。
俺はまたドアをなんども叩いた。しかし相変わらず返事すらなかった。
どれくらい経ったであろう。俺は呆然としていた。あることに気づいた。身につけている衣服からポケットを探ってみた。出てきた物は携帯電話。財布。タバコ。俺は即座に携帯電話をチェックした。電波がギリギリ入っていた。俺は妻に連絡を取った。
「プルルルル…ガチャッ」
「もしもし…」
その声に安心感がよみがえってきた。
「もしもし、俺だ。わかるか?」
「わかるわよ。どうしたの?」
「トイレに閉じ込められたんだ!外側から鍵がかかっていて出られないんだ!たのむ助けてくれ!」
「ちょっと冗談でしょ?どこからかけているの?」
「ここは……ここは…どこなんだ!?」
「ちょっとふざけないでよ!!」
「今…トイレの中だ!」
「だからどこのトイレよ!」
妻は笑って話していた。俺がこんなことを言うとは思わないし、普段、家では冗談なんて言わないたちだ。そのせいかいつの間にか夫婦仲は冷め切って笑い声も聞こえない家庭になっていた。
「笑っている場合か!?どうにか調べられないか?その前に警察に捜索願いを出して欲しい!たのむ!き、きっと、誰かに閉じ込められてるんだ!」
妻はただ事ではない気配を感じたのか、慌てて話してきた。
「わ、わかったわ。すぐ警察に連絡するから一旦電話切るわよ」
そこで会話は途絶えた。携帯電話をのぞくと残りの充電が10%になっていた。妻からの折り返しがこないか焦りながら待っていた。
「早くかけて来いよ!じゃなきゃ携帯の電源が落ちてしまうだろう!」
俺は焦りのせいか、目の前のドアを強くノックした。
「すいませーん!!誰かー!?いませんかー!?すいませーん!!ここから出してくださーい!!」
しかし、相変わらず返事はなかった。便器に腰を下ろしため息をついた。携帯電話を眺め俺はあることに気づいた。携帯電話にはGPS機能があることに気づいた。すかさずG使ってみた。しばらくして現在地が表示された。
その画面を見てとても信じられなかった。
表示された場所は海のど真ん中で周りには街の様子がいっこうにみあたらない。俺は動揺し何度も画面を眺めた。横にスクロールしても海。
しかし、冷静に考えてみた。先ほど妻に連絡ができたのは何故だろう?こんな海の真ん中で電波が届くわけがない。もう一度妻に連絡を取ってみた。
しかし、電話の向こうからは信じられない声が聞こえてきた。
「お客様がおかけになった電話番号は電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないためかかりません…」
俺は携帯を見ると圏外になっていた事に気づく。それをみて愕然とした。無理もない。先ほどはたまたま電源が届いて妻と連絡がとれたのであろう。俺は呆然と目の前のドアを眺めているしかなかった。俺は独り言をつぶやいた。
「まぁ、いいや、妻の声も聞けたし、生きている事も伝えられた。あとはあいつが警察と連絡を取って俺の事を探してくれる事を願うしかないな…」
ため息まじりに手元にあったタバコに火を付けた。
何時間が経過したであろう。トイレだから用を足すのには困らないが、空腹には耐えられなかった。
タバコの吸い殻だけが増えていった。お腹も空いてきた。トイレの水が飲めるのか気が引くがこの際きれい事は言っていられない。とりあえず流れるかどうか、試してみた。水は素直に流れた。そして便器の底に少し水が溜まった。
少し勇気を絞って底に溜まった水を手で救い口にはこんだ。少し抵抗はあったが飲めないことはなかった。
便器に寄りかかり疲れてそのまま寝てしまった。目が覚めるとやはりまだトイレの中だった。携帯電話で時間を確認しようとしたら電源が落ちていた。
「今何時だろうか…」
俺は用をたし、流したあと、水を飲んだ。呆然と座りこみしだいに目から涙がこぼれてきた。俺は過去の出来事を記憶の中で振り返った。
「会社の連中は今ごろなにしてるだろうか…俺がいなくても、うまいこと回っているだろうか…ま、俺がいなくても、何も問題は起きないか…。仕事が忙しくて母親の見舞いにも足を運んでやれなかったな…。妻は心配してるだろうな…。あいつ、ちゃんと警察に連絡したのだろうか…。娘はちゃんと学校行ってるのかな…。俺の事気にかけてくれているかな…。でも、家にいることはほとんどなかったし、仕事仕事で遊びにもあまり連れて行ってあげられなかったな…たいして気にならないか…ごめんな…こんなパパで……俺、ここで死ぬのかな…?」
独り言を言っているうちに涙がとまらなかった。俺は泣き叫んだ。ドアを何度も叩いて叫んだ。
「おーい!ここから出してくれよー!!ここはどこなんだよー‼︎まだやり残していることたくさんあんだよー!!家族が待ってんだよー!!なんで閉じ込められなきゃなんねーんだよー!!俺が何したってーんだよー!!」
気が狂ったようにドアを殴りまくった。しだいにドアが血に染まっていった。しかし、ドアはびくともしなかった。
「悪かったよー。俺が悪かった…。もっとみんなを大切にするから、ここから出してくれよー。たのむよー…死にたくねーよ…」
俺はドアの前でズルズルと膝から崩れた。
すると、次の瞬間ドアの鍵がガチャッと音を立てた。俺は顔を上げ、恐る恐るドアノブに手をかけ、勢いよく開けた。すると目の前には妻と娘、会社の仲間が立っていた。俺は震えながら声を発した。
「あ…お前…」
「あなた、ありがとう。すべて聞いてました…。」
隣に見知らぬ男が立っていた。するとその男が話しかけてきた。
「お疲れ様でした。当社のサービスをご利用いただきありがとうございました。当社は倦怠期をむかえた夫婦の中をまた暖め直し、よりいっそう関係を深めようというサービスを行っております。当希望者は夫婦関係に不安をお持ちになられており、当社のサービスを利用したいしとの申し出がありましたのでご提供させていただきました。 なお少々手荒にしたところ、深くお詫び申し上げます。
これからのご夫婦仲の末永いお幸せを心よりお祈り申し上げます。」
会社の仲間たちが拍手で迎えてくれていた。
俺は妻と娘を抱きしめてた。
「ごめんな…」
と泣きながら呟いた。すると娘が
「パパー、お家帰ろ。」
「私達の会社は夫婦仲を温めなおすサービスを行なっております。少々手荒な場合もございますが、あらゆる手法でお客様を満足させます。ご利用されたお客様の方々からは、このサービスを利用して良かったとの声が数々寄せられています。もし、夫婦仲に不安があるのであれば、我が社のサービスをご検討してみてはいかがでしょうか。料金はサービス方法の条件により異なりますので、まずは相談窓口に一度足を運んでみてください。きっとお客様のご要望にお応えしてみせます。末永く仲のいいご夫婦になれるよう全力でサポート致します。ご依頼の方、お問い合わせお待ちしております。」
