5分42秒
【異国人との死闘】
高校の部活の帰りの夜道で、友達の
カバンが後ろから来た車に接触されたこと。
バンッ!と音がして、友達が
「痛っ!」と悲鳴を挙げたが車は
そのまま通りすぎた。
「大丈夫!?」
「うん。カバンが
当たっただけ。
衝撃で痛かったけど」
とか話してると車がUターンして戻ってきた。
ぶつかったことに気づいて慌てて
戻ってきたのかなと思っていたら
なんと歩道に乗り上げて、
私たちを轢こうとした。
運よく家と家の間に隙間道があって、
私たちはそこに飛び込んだ。
ブルルル、と車はエンジン音を
立てて歩道に乗り上げたまま
私たちを狙っていたが幅1mの狭い道に
逃げ込んだ私たちを轢くことは出来ず、
私は携帯で110番しようとしたが、
56されかけた恐怖で手が震えて
登録してたピザ屋に電話してしまった。
「はい、ピザー●です」
「あああああ」
とかやってるうちに、エンジン音が
止まり 車から男が出てきた。
運が良かったことは夕暮れの薄暗闇で、
両隣の家のライトがセンサーでパッと
男を照らしたこと。
男には私たちが見えず
私たちには男がよく見えた。
男はナイフみたいなものを持って、
こちらに向かおうとしていた。
563れる!と思った瞬間、
何かのスイッチが入った。
私達はソフトボール部のレギュラーだった。
私が持っていた携帯(当時はガラケー)を
全力で男に投げつけた。 ヒュッ!
友達もすぐに私に倣い、携帯を投げつけた。
友達はピッチャーだったので相当威力が
あったと思われる。
その隙に私は投げるものを見つけ
(多分、石だったと思う)
「友!もっとぶつけろ!」と
叫びながら男に投げつけた。
男は変な言葉を叫びながら逃走
多分、Φ國語だったと思う。
そのまま車で逃走したので、
私たちは
喚きながら追いかけて車にも投石した。
車は数ヶ所凹んだが、逃走した。
その後、私たちは警察に行き被害を話した。
最初は親切そうだった警官が
「男はΦ國人です」と言った途端、
態度が冷たくなった。
「結局、カバンに接触しただけだよね?」
「えっ、そのあと引き返して
564に来たんですよ?」
「被害を確かめに戻っただけかも
しれないでしょ?」
「証拠あるの?見間違いかもしれないでしょ」
私たちは警察を追い出されて
「えー…」と呆然としながら家に帰った。
最初は「そりゃ大変だ!ナンバー分かる?」
と 言ってくれた警官が
「犯人はΦ國人」と言った途端に
手のひら返した
のが563れかけたより
ショックだった。
今でもΦ國語が聞こえると恐怖で
固まってしまう。
こうやって書いたのは初めてだが
「運よく」隙間道があった、
「運よく」センサーが男を照らしてくれた。
運ばっかりで助かったんだな、
と改めて怖いわ。
私はピザ屋に電話する間抜けぶりだし
その後、長野の聖火オリンピックで
Φ國人が暴れてる動画を見た。
明らかにΦ國人が暴れてるのに警察は
何故か、日本人を制圧し 逮捕
されたのは何故かチベット人だった。
日本の警察は信用できない、と改めて思った。
皆さんも気をつけて下さい
外国人犯罪者の被害にあったとき、
警察は動いてくれない事があります。
警察というか一番近くの派出所に
友達と逃げ込んで
助けを求めたのですが、
似たような対応でした。
親は警察の対応に怒っていましたが、
とにかく のらりくらりと逃げられて
話にならなかったようです。
当時、市内の団地に続々とΦ國人が
入り込んで 犯罪も増えており、
逮捕すると蒫別だと
騒がれたりするので
警察も関わりたくなかったのかも。
他の方も書いておられるように、
不法滞在者も多かったようです。
現在、その団地は完全にΦ國人に
乗っ取られ 日本人は嫌がらせされて
当時は「続々とΦ國人が増えた」
過渡期でした。
Φ國残留孤児を名乗るΦ國人が押し掛けて
市役所でいつも怒鳴っていましたね。
手当てだか、生活保護だかを求めて
いたようですが
このΦ國残留孤児の審査はいい
加減なもので、
大勢のΦ國人を入れてしまい
そのΦ國人達が本国から家族を呼び寄せて
ネズミ算みたいにΦ國人が増えて行きました。
あと、当時聖火リレーがあり
「フリーチベット」を叫ぶ日本人に
Φ國人が反発し、日中関係が非常に
悪い時期でした。
それでΦ國人を逮捕したくなかった
のかもしれません。
警察にも事情はあったのかもしれないけど
車をぶつけて謝るどころか
息の根を止めにくる外国人を
警察が放置するなんて無責任すぎます。
今でもΦ國語が聴こえるとゾッとします。
END
















