父が生存していたら今日が101歳の誕生日です
旧制の工業学校を卒業して 当時岐阜県の各務原にあった川崎航空機に就職
戦闘機のパーツの設計を手掛けていましたが 志願して下士官になり
仙台 サハリン そして終戦は仙台で迎えました
サハリンで写した 屋根に身長以上ある氷柱の下がった兵舎の前で写した写真
おそらく昭和19年12月~20年2月当時の写真ではないでしょうか
何十人といる中で 軍刀を持ち座って写した写真
終戦後 ソ連の極寒の地に捕虜となって連行されていった人がいる中で
父は終戦間際にサハリンの豊原から 仙台に戻ってきていました
3人の子供や 孫に戦争の話はしませんでした
父が逝って22年 いちばん年上の姉は もう少しでその年に
写真に写った 父が携えていた軍刀は 80年間 今も鞘を抜くことなく 静かに眠りについています