あれからもう25年の歳月が流れました。 | 瀬戸際おじさんの徒然日記

「あの人に会いたい」、教育テレビで作家の故川口松太郎さんのことをやっていました。


あの,行け―行けー川口 浩のお父さんです。

氏は「明治一代女」「愛染かつら」などの大衆文学の先覚者です。


川口さんの名前を聞けば私はいつも、このエピソードを思い出します。


川口さんは、縁あって、故梅原龍三郎さんの勧めで代表作「北京秋天」を購入されました。戦争中か戦後すぐに購入されたと聞いております。梅原さんは当時すでに画家として大家を成しておられ、その価格は想像がつかないほどの価格だったそうです。


その時、川口家の財産を投げ売ってもまだ足らず、奥さんの三益愛子さんの大事な宝飾品をすべて処分し資金を捻出してやっと購入されました。


上野の美術館が梅原室を創設することとなり、梅原さん自身がその目玉として「北京秋天」を希望し、自らそれを引き取り美術館に寄贈する計画をされていました。その見返りに自分の代表作2点とひきかえに。


それから毎日川口さんに、梅原さんの懇願が始まりました。もう梅原さんの熱意に負けて、意志を固めるために、奥様に相談された時、大事に大事にしていた宝飾品を処分してまで買った時のことを思い出して、涙を流して頑なに反対されたそうです。


でも最後は美術館に行くからと、泣き泣き決心されて川口さんが寄贈されたと聞きました。


このエピソードを聞いた当時、川口さん、梅原さんは健在でしたが、泣き泣き思い出の絵とお別れした三益愛子さんはすでにこの世になく、実にかわいそうなことをしたと言っておられました。


それからすでに25年が立ちます。

時が流れるのは早いものです。