永遠だからこそ 後編
……思わず拍手。
鉄郎、君はすばらしい。
間違いなくこれは、
“永遠の命”というバケモノじみたビッグテーマの一つの回答と言える。
短い時間だからこそ人に優しくできる。
逆なんじゃないの、とも取れる考え方だ。
短い時間だから人のことなんか考えられないんじゃないの、と。
でも、たぶんそれは違う。
大前提、人は幸せな人生を送りたいはずだ。
もちろんこの僕も幸せな人生を送りたい。
じゃあその人生を構成する時間を分解してみる。
仕事。この時間が、実はすごく長い。
最近僕は特にこの時間を、
誰かのために、と意識して行動するようにしている。
僕はとても弱い人間なのだ。
自分一人で道を切り拓いてなんかゆけない。
周りの人と一緒でないと進んでゆけないのだ。
「俺はたった一人で仕事をしている」
などと言い切れる人間は素晴らしいとも思うが、傲慢だとも思う。
僕にはとても言えない。
そんな僕はせめて、
ほんの少しのゆとりがあれば誰かを助けることにしている。
助けると言っても大げさなことじゃない。
ごく些細なことだ。
荷物を持ってあげたり。
両手がふさがった人にドアを開けてあげたり。
コーヒーを淹れてあげたり。
車で注文先へ走ってあげたり。
自分を犠牲にしている、というほどのことではないものばかりだ。
そこんとこのさじ加減は大事だと思う、が。
“誰かのために”と心から思って取った行動は必ず自分に帰ってくる。
ばかばかしいとは思っていない。
そして「それが損だ」とは思いたくない。
損だ、と思った時点で人生を損している気がする。
損得で勘定すれば、僕の中で親切は「得」なのだ。
人間は必ず、思ったとおりの人間になれるようにできている。
それは天の理りなのだ。
そうあって欲しいと願っているのだ。
短い時間だからこそ永遠の命の価値がわかる。
人間だからこそ受け継がれてゆく命の意味を感じる。
少々飛躍があったが、鉄郎のこの永遠の命に対する言葉は、
そんな考え方を的確に言い表している気がする。
そういえば、確かにそうだろうなあ。
永遠に生きられて、何でも買えるお金があるとすれば。
絶対にそのうち、
犯罪まがいのことをしないと退屈しのぎできなくなるだろうなあ。