スーツケース
同僚のT女史は、電車の中で視線を感じたという。
仕事の帰り、遅い時間だ。
車内に人はほとんどいない。
ドアの前に小柄な中年男が立っているだけだ。
男は身体の横に、
高さ一メートルくらいの大きなスーツケースを置いていた。
男はぼんやり外の景色を見ていた。
つまり視線は、スーツケースから感じる。
Tさんは目を凝らした。
スーツケースの閉じられたファスナーの隙間から、
女の目がTさんを見ていた。
暗い目だ。きついメイクをしていた。
Tさんが驚いて見つめなおすと、
その目はゆっくりと瞬きをした。
「ねえ、ちょっと!」
男に呼びかけた瞬間、電車は駅に着いた。
男はTさんを無視し、
スーツケースを引きずるようにしながら、
緩慢な動きで電車を出た。
車内にはTさんだけが残された。
間もなく最寄り駅だった。