追憶の味 その4
一日の業務を終えた後、
親父さんはいきつけの居酒屋で一人飲んでいた。
と、悪酔いしたチンピラ二人が親父さんにからみはじめた。
「おっさん。元ヤクザってマジかよ」
チンピラはなぜか、
隠していた親父さんの過去を知っていた。
最初は笑ってかわしていたが、
ついには一升瓶を割るなどして暴れはじめた。
親父さんは身体をはってチンピラを止めた。
手は出さなかった。
必死で作り上げたカタギの暮らしは簡単に捨てられない。
しかし、振り上げた一升瓶をよけようとした時、
振った手がチンピラの目に当たった。
チンピラは逆上し、ナイフを出した。
ちんけな男だった。
酔っ払った勢いで出したナイフを引っ込められるほど、
チンピラは極道ではなかったのだ。
そしてまた親父さんは、
がむしゃらに突き出されたチンピラのナイフを避けられないほど歳をとっていた。
店主の通報は速かった。
それでも警官が到着したのは、
チンピラのナイフの刃が親父さんの胸に深く吸い込まれた後だった。
「なんかさ。どっかでわかってたんだよ。いつかこんな日が来るって」
ヤンは一人暮らしをはじめてからほとんど実家には帰っていなかった。
「それでも親父がヤクザって知った時はショックだったな」
離れたところで互いの時間を生きていた。
だからか、親父さんの死は
「悲しい、というよりは残念だ」
というのがヤンの実感だった。
「俺、親父と風呂に入ったことないんだぜ。
刺青だらけの背中、見せたくなかったんだろなあ」
ヤンはさっぱりした口調で言う。
「電話でのお袋はさ、何いってんのかわかんなかったな。もうパニック状態でさ」
父親がチンピラに刺し殺された、
というショッキングな事件を聞いているのに、
なぜかヤンの頭を真っ先によぎったのは
(ああ。これでもうあのコロッケ、二度と食べられないんだな)
という、いささか場違いな思いだった。
<つづく>